星空

星空が一面に頭上に広がっていた。

暗い海面を薄っすらと照らし、波の海練を象っている。

ただその微かに見える景色を眺めていた、波の音のリズムに耳を傾けていた。

丘の上に建つ学校が小さく見える学校も、祭りの終わりを告げるように闇に沈んでいる。

俺は海辺で佇む菅野に声をかける。

「ここにいたのか」

「…長谷部か…」

よく見知った同級生の顔は、どこかしら気まずそうに視線を合わせないようにしているようだった。

それから沈黙なる。

どれくらい無言なのだろうか。

それから数分の間、俺は立ち尽くしていた。

こういう場合は、どういう言葉が適切なのか正直分からなかった。

少しすると、遠くに見える学校の明かりが、明るくなるのが見える。

「後夜祭始まったな」

彼女の言葉に、俺は小さく「そうだな」、とだけ返事をする。

後夜祭にはベタだがキャンプファイヤーをやる、その明かりで周囲の街も雰囲気福利のためになるべく暗くしてくれている。

お陰で闇の中で、蝋燭のように一つ明かりが点いている様に見える。

「長谷部は、生徒会の仕事は大丈夫なのか?」

「お前のほうこそ大丈夫なのか?」

「私は後夜祭では片付けだけ参加になっているんだよ」

「俺は見回りだよ」

下手な嘘だと思う。

同じ生徒会役員なら、互いの役割が分かっている。

「こんな所で油売っていていいのか?」

「学祭をサボって、海なんか見に来ている生徒がいるから注意しに来たんだよ」

菅野の口元が緩む。

「このお節介…」

少し和やかな空気が流れる。

周りの空気が海辺のせいか、少し涼やかで新鮮だった。

潮騒がリズムを刻み、静寂と気まずさを感じさせない。

「ここまで来ると、静かだな」

「特に此処は穴場だからね…それにしても、よく見つけられたね」

「悠木に聞いたんだ、多分此処にいるって」

「結花か…」

彼女も悠木には、この場所の話はしたことがあったのだろう。

あれから菅野の姿が見えないので、探していると悠木が此処の存在を教えてくれた。

いつも思い悩んだり、気持ちが沈む時、彼女がこの場所に来る事を。

「それにしても、綺麗な星空だな」

俺は天を仰ぐ。

その星空は来た時よりも鮮明に、まるでプラネタリウムの様に一つ一つが輝いていた。

声が出そうなほど、鮮明に輝く星の海に感動すら覚える。

今日の自分はどうかしている。

冷静になるように、どこかしら自分を言い聞かせてきたのに。

本当にどうかしている。

どうかしているついでだ。

次に急な提案を投げてみる。

「なあ、戻ってフォークダンスでも踊るか?」

「いきなりだな」
「今さっき、思いついたからな」

意味不明な提案だが、何故か菅野を一人にしたくないと思っていた。

恥ずかしそうに、彼女は言葉を返す。

「鈴ノ音の王子と踊っても、良い事ないぞ」

「今夜だけは姫になってくれれば良い」

「私なんかと踊っても良い事ないぞ」

「ダンスっていうのは、一人じゃ出来ないんだよ…」

「それにどうも俺は、戸松以外の女友達はいないらしいからな」

「そうか、それなら仕方ないな」

自分で言っていて馬鹿馬鹿しくなるが、理由なんて思いつかなかった。

それに一緒にいたいなんて、失恋したばかりの女の子に投げかける言葉でもないし。

彼女は立ち上がって、一緒に海辺を後にしようとする。

そこで、よくよく考えると一つの疑問が浮かぶ。

「今から戻っても間に合うのか?」

そういえば、フォークダンスなんて数十分くらいだろう。

戻ったら、後夜祭もほとんど終わってしまっている。

「お前が言い出したんだろう」

「いや、始まってけっこう経つし、戻っていて終わっていたら、俺ら片付けするだけじゃないか?」

「それもそうだな」

意外と無計画な提案に拍子抜けしたのか、彼女は少し微妙な顔つきになる。。

その顔に、俺は何とかアイディアを捻り出す。

「此処で踊るか?」

「何で、そういう発想になるんだよ」

自分でも思うが、代案が更に突拍子もなかった。

もう後夜祭も何も関係ない。

「第一、音楽が無いじゃないか」

「俺が歌ってやるよ、オクラホマミキサーだっけ?」

自信満々に俺は、冒頭のメロディーを歌い上げる。

「たらたったん♪たったんたん♪」

「なんだ、それ?」

本当の話、フォークダンスの曲など覚えていなかった。

ピアノで弾く曲は完璧なんだが。

しかし、ここで覚えていないなどと言えるはずも無く…。

「いや、だからオクラホマミキサーだ」

「お前…私を馬鹿にしているのか?」

「いや、まったく」

菅野は深く溜息を零す。

「いくら私でも今のが、オクラホマミキサーとは違うのは分かる。」

「…いや、オクマホマミキサーだ」

「お前、名前すら間違えているぞ」

「べ、別に良いだろ…踊るぞ!」

彼女の手を強引に取って、自分で作った音楽のリズムに乗せてステップを刻む。

ステップが微かに原曲に近いのが、不思議と楽しく感じさせる。

「強引だなあ」

「良いんだよ」

彼女があははははははははは、と声を出して笑っている。

その表情に嬉しくなる。

最初は死神の試練のせいだったが、気付けば彼女の笑顔を見たいと思わされる。

行き当たりばったりで、滅茶苦茶な性格の彼女が、寂しそうな顔や泣きそうな顔が似合わないと、打算抜き思うようになっていた。

しかし、ちょっと笑い過ぎだ。

「何だよ…笑い過ぎだろ」

「ごめんごめん」

笑いながら彼女は、「ありがとう」とお礼を言う。

皮肉の言葉を予想していたのか、感謝の言葉に驚く。

「私を元気づけようとしてくれて、ありがとう」

「あ、ああ…別に…良い」

暗がりでも、彼女が優しい笑顔になっているのが分かる。

ステップを止めて、彼女が俺の顔を確認してくる。

「何だよ、歯切れの悪い返事だな」

「別に…俺は俺のやりたいようにやっているだけだから」

「それで良いんだよ」

何故だろう。

彼女に思惑が見透かされている気分になる。

「誰かが誰かのために何かしたいって思うことって、別に理由なんて必要ないんじゃないかな…自分がそうしたいって思ったから、それで十分な理由になると思うんだよ」

「俺はお前のことなんて、考えていないかもしれないだろう?」

「それでも長谷部が私を笑わせてくれようと、励まそうとしてくれた事は事実だろう?」

菅野の顔が、そっと真剣な表情に切り替わる。

「つぐみちゃんが迷子になっていた時、見て見ぬフリは出来たのに一緒に探してくれたじゃないか…長谷部は、そんな自分の損得だけで行動するタイプじゃない…と、私は思うんだ」

「過大評価だよ」

こちらの反論を彼女は、笑顔で否定する。

「そんな事ないよ」

「どうせ私の時も、私が傷つく事を考えて言い出せなかったんだろう」

「見てきたように言う奴だな」

否定も肯定しない返事を口にしてしまう。

その時の動機など、今となっては何の意味も無い。

しかし、彼女はあまり気にかけずに続ける。

「でも、長谷部はそういう奴だろう?」

「まだ話すようになって、そんなに経たないだろう?」

知ったように話す彼女に事実を投げかける。

確かに、二人が話すようになって1ヶ月も経過していない。

彼女が苦笑いで返すと、再び静寂に戻る。

その苦笑いは、「それでも私はそう思う」と言われているようだった。

「もうそろそろ戻るか…」

「そうだな」

波の音に支配された空間を、二人はゆっくりと歩き出す。

「でも、文化祭楽しかったな」

「あ、ああ…」

他愛もない会話を交わす。

「長谷部のピアノ凄かったな…」

「ありがとう…」

「今年は想い出が沢山出来たな」

「ああ…」

ただ彼女が無理に引き出す言葉に、何を言っていいか分からないように、ただ相槌を返す。

そして、また訪れる静寂。

ふいに、俺は足を止める。

それに合わせるように、少し進んだ彼女が振り返り、向かい合うようになった。

ただ波の音だけが響き、薄暗い中でも月明かりでお互いの表情が分かる。

彼女は少したじろいでいるようだった。

そんな彼女に言葉をかける

「菅野」

「何だよ」

「お前は、無理して笑わなくて良いんだ」

「な、何だよ、いきなり」

俺の言葉にハッとしたように、硬直する。

惚けようと笑顔にするが、この緊迫感ですぐに崩れる。

今まで見た事の無い顔つきで、彼女は目を見開いている。

自問自答する様に、軽く俯いて表情を隠す。

無自覚だったのだろう。

彼女は泣かないようにしていた。

それは意地を張っているわけでもなく、ただ心配をかけたくない。

そんな感じだ。

その為に彼女は、自分自身を騙している。

「辛いときは辛いって言って良いんじゃないか?」

次の言葉で、彼女はその感情の正体に気付かされてしまう。

そうだ、これは『辛い』だ、と。

「わ、分からないんだよ…どうしたら良いか」

彼女は俯いて、肩を小刻みに震わせる。

今まで目を背けてきた感情に、どう向き合うべきか、その方法を彼女は知らなかったのだ。

そして、それは今まで彼女が笑顔で、自分さえも嘘をついて隠してきた感情だった。

「自分の気持ちも痛みもどう言葉にしたら…どう形にしたら良いか…」

もう表情がまったく見えない。

それでも、弱くなっていく声で押し出すように続ける。

「なあ…何で好きな人が笑っているのに、こんなに辛いんだろうな…好きな人が幸せなのに、自分じゃない誰かが相手なだけで、こんなに悲しくなるんだろうな」

「それが恋愛ってやつだろう…好きな相手の幸せを願う気持ちと、自分だけ特別になりたい願望があって初めて成り立つものだ」

好きな人の幸せを願う気持ちと、好きな人の一番になりたい気持ちが自分の中で渦巻いているのだろう。

同じ感情のはずなのに、共存できない事実を形にできないでいる。

恋愛とはいつも、不条理なものだと思わされる。

「だけど私は…私は…」

「菅野」

俺が声を荒げて言葉を遮る。

ハッとしたように、彼女が顔を上げて俺に再度向き合う。

その表情が、もう限界が来ていることを物語っていた。

少しの間をおいて、俺はこう言う。

「もう泣いても良いんだ」

辛い時は泣けば良い、それだけだった。

それだけの事が彼女は分からなかったのだ。

「う、う…」

と、彼女は小さく感情を吐き出すと、その場に座り込んで両手で顔を覆う。

そして、そのまま「うわあああああああ」と声を出して泣き叫んだ。

声をかけるわけでもなく、ただ吐き出せるものを全部吐き出すまで、俺は彼女が泣き崩れるのを見ていた。

誰かを想う事は、誰かを愛する事は、誰かの幸せや笑顔を願う事。

それでも、恋は相手の一番になりたい、相手の傍に居たい、そんな自分勝手な気持ちも共存してしまう。

そんな互いの幸せがイコールにならなくて、絶望する。

時には自分だけが傷ついたり、誰かを傷つけて進まなくてはならない。

それでも、他人を想う事を止めない。

そこには理屈はなく、ただその感情を愛おしく思い、再び恋に落ちる。

だから、恋は切ないんだ。