素直

それからすぐに教室で生徒会の緊急事態と伝えて、クラスの仕事を免除してもらう。

そして、そのまま菅野と合流すると、1年の教室から順番に回っていく。

3人は探しながら、祭りを歩き回るが、鈴ノ音学院の文化祭は力が入っている事を実感する。

戦隊ヒーローカフェ、本格派ラーメン店、3Dゴーストハウスなどと、普通の高校では主にかかりにくそうなものが多くある。

映画研究部の時代劇で、披露された殺陣は学生のレベルとは思えなかった。

目的も忘れて、菅野とつぐみは文化祭巡りに集中していた。

そのおかげで、倍以上の時間をかけて5つのクラスを全部回った頃には、昼はとうに過ぎていた。

収穫は何一つもなかった。

中庭のベンチに3人で腰を下ろすと、俺は溜息が溢れた。

俺の様子とは対照的に、つぐみは満喫した幸福感で満たされていた。

しかし一番問題なのは、つぐみと一緒になって菅野も文化祭を楽しんでいた事だった。

結局、俺一人で聞きまわることになった。

「楽しかった」

「ちょっとはお前も探せよ」

「ははは、悪い悪い」

悪びれなく菅野は笑顔で誤魔化そうとする。

こいつ、全然悪いと思っていないんじゃないか…。

「つぐみちゃん、面白かったよね」

菅野は俺が呆れているのを察してか、つぐみに逃げるように話を振る。

それに、つぐみが「うん」と笑って返事をする。

これを見せられては、それ以上に菅野を責めることが出来なかった。

意外と上手い手を使ってくる。

「とりあえず手がかりがないんだよな」

「しかし、田村って生徒が、全員妹なんていないとはな」

菅野が脱力した様に肩を落とす。

結局、田村という生徒や苗字の近い生徒を探したが、どれも妹がいない生徒ばかりだった。

「卒業生…とか…?」

「そうなったら、お手上げだ」

ベンチに背中を預けて天を仰ぐ。

これでは、つぐみの情報がいつのものか疑わなければならなくなる。

幽霊なので、いつの時代の生徒の妹か分からない。

菅野の言う通り、卒業生の妹だった場合、もう手の打ちようが無い。

そんな俺の姿を見て、菅野が笑う。

「長谷部がこんな協力的だと思わなかったよ」

「そうか?」

「本当に変な奴だよな…」

「そうだな…」

互いの笑った顔を見て、声が弱々しくなる。

朝の気まずい空気を思い出して、そのまま黙ってしまう。

何かを言わないといけない、そんな焦りで満たされて言葉が浮かんでこない。

それに何をどう説明するかも、未だに整理ができていなかった。

沈黙に耐え切れなくなったのか、菅野は立ち上がって大きめの声を出す。

「私、生徒会長に探してくるよ」

「ああ、頼むよ」

菅野が慌てて走って行く。

やるせなさだけが胸に残る。

悔やむ顔をしていると、つぐみが顔を覗きこんでくる。

「ねぇ、お姉ちゃん…いないね…」

「そうだな」

今度はつぐみとの間に重い空気が流れる。

これでは別の理由で暗い空気になってしまう。

話題を変えることにする。

「つぐみちゃんはお姉ちゃんの事好きなの?」

「うん…でもお姉ちゃんは私の事嫌いだから、きっと隠れちゃったんだ…」

つぐみの『嫌われている』という発言は、少し意外だった。

どちらかというと、つぐみは子供の中でも愛想も良くて静かな方だと思う。

真帆も、これくらい小さくて愛嬌があれば、毎日可愛くて光速で帰宅してしまう。

休日も妹と遊ぶスケジュールで満たしてしまうだろう。

「何で、そう思うんだい?」

「だって、私のせいでお父さんとお母さんが仲悪くなって、気付いたらお姉ちゃんも家からいなくなっていて…お母さんと私の二人になって…」

だんだんと彼女の顔がくしゃくしゃになる。

少し溜めて、泣くのを堪えているようだった。

「わ、わた、私のせいで…」

「つぐみちゃん」

慌てて声をかけると、つぐみはキョトンとした顔で泣き止んだ。

特にノープランだったが、頭をフル回転させて言葉を引き出す。

「君はそれでもお姉ちゃんに会いたいかい?」

つぐみは涙を溜めながらも、力強く頷く。

「うん」

「どうして?」

「お姉ちゃん、きっと今でも辛い顔してる。いつもね、私が歌うと笑ってくれるの。お姉ちゃんが笑うと、私も凄く嬉しくなるの」

子供だからこそ、こうやって誰かを一生懸命想えるのだろうか。

本当に小さな子供とは思えない。

何よりも、彼女の姉への愛情に心が洗われたようだった。

「つぐみちゃんは、良い子だね」

「だって、つぐみはお姉ちゃんが大好きだから」

笑顔になる彼女の頭を撫でて、自分も笑っていることに気付く。

誰かを笑顔にしたいという気持ちは、本当に純粋に誰かを想う事だと教えられる。

「じゃあ、早くお姉ちゃんに会って歌を聴かせてあげないとね」

「うん」

また元気な笑顔を見せる。

つぐみはそのまま歌を口ずさむ。

去年にCMでよく流れていた曲だ。

少し音程を外しながら、それでも一生懸命に歌を歌っていた。

「あれ、子供の歌声?」

そう言って、少し離れた場所にいる女性生徒が、周りを見回している。

歌声は聞こえるのか?

つぐみもけっこうなボリュームで歌っているので、本当なら中庭中に響いているだろう。

さっきから、何か周りを見回している生徒が、ちらほらいる。

1フレーズ歌い終わると、そのままこちらに顔を向けて誇らしげに説明する。

「これがお姉ちゃんを笑顔にする歌なんだ」

「そっか、つぐみちゃん上手だね」

「いつも練習していたから」

ピースサインをしながら、つぐみはまた得意気に笑う。

そのまま、つぐみは「ねぇ、お兄ちゃん」と続けてくる。

「さっきのお姉ちゃんと喧嘩でもしたの?」

「え、どうして?」

「さっきからお兄ちゃんとお姉ちゃんが話している時、すっごく辛そうな顔しているよ」

ギクリとする。

子供にすら伝わってしまうほど、二人の空気はギクシャクしていたのだろう。

返答に困っていると、先につぐみが話し続けてくる。

「喧嘩したら、ごめんなさいってすれば良いんだよ」

「ごめんなさい?」

そうだよと、つぐみは笑顔に得意げに説明する。

「お兄ちゃんは、あのお姉ちゃんの事が好き?」

「え?」

何故か、「好き」という言葉に過剰に反応する。

年頃の高校生は、大抵そうだろう。うん。

急な質問に動揺して、声が裏返ってしまう。

「お兄ちゃんは、お姉ちゃんと仲良しになりたいの?」

「ああ…そっちか」

ホッとする。

特に菅野に対して恋愛感情は抱いていないが、それでもその質問は心臓に悪い。

「つぐみのお姉ちゃんが、仲良しになりたいなら相手が幸せになれる、笑顔になれる事を考えてごらんって言っていたよ」

「笑顔に?」

「うん、だって仲良しって皆ニコニコだよね」

当たり前の事を言われただけなのに、返す言葉を失った。

ただ単純な答えを、俺は導き出せなかった事に気付かされた。

何の為に自分が菅野に協力してきたのか。

ただ自分の命がかかっているという事だけで、俺は菅野の恋愛を応援しようとしたのか。

自分本意で考えても、答えが出るわけが無い。

俺は少し考えて、そっとつぐみの頭を撫でる。

「そうだね、ありがとう」

 

 

それからすぐして菅野が戻ってくる。

水樹が見つからなかったらしく、肩を落としていた。

途方に暮れながら3人は、まだ行っていない体育館に足を運んだ。

体育館の中に入ると、人々が騒がしくしていて、舞台の幕は降りたままだった。

照明も落とされずに、明るい中で喧騒だけが充満していた。

異変だと気付いたのは、体育館の舞台は予約が取り合いになるほどに人気があったからだ。

それが数分待っても、一向に何も始まる気配がない。

「どうしたんだろう?」

菅野が疑問を声にする。

確か、予定では今頃は1年生の演劇の時間のはずだった。

「長谷部君、菅野さん」

「会長、此処にいたんですか?」

3人に近づいて来る水樹に、菅野も駆け寄る。

「会長、この状況はどうしたんですか?」

「演劇をやるクラスの大道具が壊れてしまって、演劇が中止になってしまったんだよ」

演劇が中止になってしまい、次のプログラムまで時間が出来てしまって、演劇を見に来た人たちや次を待てない人たちで、体育館の中は混乱してしまっているようだった。

遠くから「演劇どうした!」、「早くしろ!」などの罵声が飛び交っている。

「それで、次のプログラムは?」

「吹奏楽部なんだけど、まだ全然準備が出来ていなくてね」

食い入るように質問する菅野に対して、水樹の態度は意外と冷静に見える。

しかし表情は険しく、状況は芳しくないようだった。

「十五分くらいはかかりそうなんだ」

演劇が丸々潰れて、各クラスに散った部員を集めるのにも時間はかかるだろう。

菅野の表情も徐々に曇っていく。

「私が司会をして引き伸ばします」

「さっきから司会から謝罪は入れているけど、一向に静まらないんだよ。代わりの演目があれば良いんだけど…」

その水樹の言葉に、菅野は肩を落とす。

そして、無言でこっちに視線を向ける。

まるで何かを伝えたそうな目をしている。

「何ですか?」

「いや、君なら何か引き延ばせると思って」

反発的な俺を受け流す様に、水樹は恍けてみせる。

水樹は知っているのだろう。

俺が過去にピアノを弾いていた事も、その腕前も。

「雪乃、長谷部君、来てくれたんだ」

平野が駆け寄ってきた。

走り回ってか、少し息が切れている。

「平野さん、軽音楽部は?」

「戸松さんだけ捕まったけど、他が集まらないの」

軽音楽部に声をかけた理由を聞こうと思ったが、先に菅野が口を開く。

「どうして軽音楽部?」

「順番を変えてもらおうと思ってね」

教室を出るときに話していた戸松のバンドのことだろう。

人数の少ない分、集めやすいという事だろう。

吹奏楽部の後にある彼女たちを、先にして場を繋ごう考えたのだ。

しかし、軽音楽部の準備まで本当なら四十分以上ある。

「お姉ちゃん」

足元からする声に反応する。

そこには、今まで静かにしていたつぐみが幸せそうな顔で、俺の隣を見ていた。

「お姉ちゃんだ」

つぐみが平野を指差していた。

一気に色々な情報が同時に入ってきて、混乱してしまった。

「平野さんが?」

つい口に出してしまい、平野が「何?」と反応する。

少し3人と距離を取って、少し屈んでつぐみに話しかける。

「だって苗字が…」

「つぐみのお姉ちゃんだよ」

そう言えば、つぐみが父親と母親が仲悪くなっていた事を話していたのを思い出す。

―――離婚か。

両親が離婚していて、姉妹の苗字が違ったのだ。

可能性として考えなかったわけではないが…。

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」

つぐみが必死に平野を呼びかけるが、勿論声は届かない。

この状況で、平野に話しても仕方が無い気がする。

今は舞台をどうするかを考えるべきかもしれない。

迷う事は無いはずだ、しかし…。

「亜希って、妹いた?」

俺が迷っている間に、菅野が聞いてしまった。

横目で俺を見ると、小さく頷く。

菅野の問いに平野が不思議そうに返事をする。

「ええ、いるわ…こんな時にどうしたの?」

確かに、この緊急事態に話すようなことじゃないかもしれない。

「その子の名前はつぐみちゃんじゃないか?」

「何で、雪乃がそれを…?」

「信じられないかもしれないが、今隣にいるんだよ…つぐみちゃんが」

平野の顔が硬直する。

真剣な菅野に、どう返すか困っているようだった。

ここまで来たら、事情を説明したほうが良さそうだ。

「俺にも見えるんだよ」

割って入る俺に、平野の視線が鋭くなる。

「二人共、こんな時に冗談なんて…」

平野が怒りを表そうとするが、俺と菅野の様子を見て踏み止まる。

そして、二人の表情があまりに真剣なのに戸惑う。

「冗談じゃないの?」

「お姉ちゃん!私、ここにいるよ」

叫ぶようにして、つぐみが呼びかけるが、平野はつぐみの場所すら定まらずにいた。

俺が伝言することにする。

「つぐみちゃんが、『ここにいる』って」

「亜希にも見えないのか…」

菅野の声が沈んでいく。

ここまで来て、つぐみと姉が話すことも出来ない現状を打破する術を誰一人持っていなかった。

暗くなる空気に、水樹が声をかける。

「今、そこに女の子がいるのかい?」

「会長は見えるんですか?」

思わせぶりな態度をとったが、菅野の問いに水樹は首を横に振る。

それはそうだ。

さっきから、水樹がその事に一切触れなかった事で答えは出ていた。

「しかし、彼女は文字を書けたりしないのかい?」

「無理でした…」

残念そうに、菅野は答える。

それは途中で思いついていた。

文化祭を回っている間に、つぐみに字を書かせてみたが、何故かペンは持てたが文字は書けなかった。

「携帯の画面とか…」

「俺ら以外に何かを伝える事は、拒絶されているようでいた」

流石の水樹も「そうか…」と、それ以上の解決策を思いつかないようだった。

四人とも沈黙してしまう。

演目も、つぐみの問題もお手上げだった。

そんな時、遠くから戸松が走ってきた。

「リョウ!」

戸松は息を切らしている。

どうやら、他のバンドメンバーを探して走り回っていたようだ。

こういう時には、人一倍行動力を示す。

「うちのメンバーがまだ集まらなくって」

「他の部員は?」

戸松の所属する軽音楽部は、県内でもかなり有名だと戸松から聞いた事がある。

軽音楽部と言っても、数人しかいないわけではないだろう。

「そんなステージに立つような、練習していないよ」

「そうか…」

小さく呟くと、俺は目の前にいる水樹を睨んだ。

まるでこれは自分が動かされているようで、癪に障ったからだ。

その視線に気づいたかのように、水樹は目で謝っているような顔になる。

そこで、さっき起こった事を思い出す。

このトラブルを解決できるか分からない。

それにモトの言う通り、これをした所で何一つ自分の為にならない。

生徒会役員としての義務か?

違う。

菅野への謝罪か?

全くないと言えば嘘になる。

では、何の為に?

俺は、つぐみも菅野も笑っていてほしいのだと思う。

そして、今の俺にできる事をしようと思った。

一度しゃがみ込んで、つぐみと視線の高さを合わせる。

「つぐみちゃん」

「何?」

「お姉ちゃんが好きかい?」

「うん」

つぐみは泣いて、落ち着かないまま話す。

その様子を見て、頭を撫でて一つの提案をする。

「なら、歌を歌おうか?」

「え、歌?」

「そう、お姉ちゃんに幸せになってほしいって気持ちを、歌に込めて届けるんだよ」

「でも、つぐみの声届かないよ」

「きっと届くよ」

特に考えなどなかった。

あの時、中庭でつぐみの歌は他人に聞こえていた。

確証はなかった。

万が一聞こえなくても、想い出の曲を流せば平野も何か感じれるかと、微かな希望を抱いていた。

少し悩みながら、俺の顔をちらちら見てくる。

少しすると、つぐみは真っすぐな瞳で「うん」と頷く。

その様子を見て、覚悟を決めた俺は彼女の頭を撫でながら立ち上がる。

確認する事が二つある。

「戸松、手伝ってくれ」

「で、どうしたら良いんだ?」

まるで俺に呼ばれる事を待っていたかのように、戸松が返事をする。

小さく溜息をついて、戸松に耳打ちをする。

今からすることを。

可能か、そして準備が間に合うか。

しかし、俺には彼女がノーと言わない確証があった。

予想通り、戸松は自信満々で返事をする。

「分かった、大丈夫だ」

その返事を聞いて、もう一人に了承を得る。

「会長、舞台を使わせてもらっていいか?」

「勿論だ」

こうなる事を予想していたような、水樹の口ぶりに苛立つ。

が、それすら今は時間が惜しかった。

「おい、何をする気だ?」

菅野は現状について来られずに聞いてくるが、今はそれを説明している時間はなかった。

「数年ぶりに披露するんだよ」

「何を?」

そのまま菅野には何も答えず、戸松と舞台裏に進んでいく。

今の舞台には、吹奏楽部の使用する予定だったピアノがあるはず。