距離

しかし、生徒会に行ったが水樹は不在で、顧問の沢城と役員の北村、櫻井の3人がいただけだった。

水樹はこの時間は自分のクラスの手伝いがあると、事前に言われていたことを思い出す。

それでも、沢城がいてくれて助かったと、胸を撫で下ろす。

早速、二人で事情を話すが、予想もできない言葉が帰って来る。

「どこにいるって?」

沢城は二人の周囲をキョロキョロしている。

例え俺相手であろうと、困っている生徒相手に冗談を言うタイプではないのは分かっていた。

「ここにいますよ」

「ね、つぐみちゃん?」

「うん」

「お前ら、二人で私を馬鹿にしているのか?」

片手で頭を抱えるポーズで、沢城は俺が手を広げる方向を見る。

しかし、どうやら沢城の目には、つぐみは映っていないようだった。

困惑して状況が理解できない。

俺と菅野には見えているけど、他人には見えていない。

「さ、櫻井さんは見えるだろう?」

「え、えーっと…すいません」

櫻井は俯いてしまう。

すぐ隣に立っていた北村も、視線を合わせると首を横に振る。

「俺と菅野だけには見えているって事か…」

「何がどうなっているんだ…」

二人の様子を見て、沢城は「んー」と唸りながら考える。

教師であろうと、何もない空間に女の子がいると言い出す生徒二人に対する対応など、どこでも経験できることではないだろう。

「長谷部はともかく、お前が真剣に冗談を言うタイプじゃないと思っていたんだけど…」

「先生、私にはこの子が見えるんです」

「と言ってもな…長谷部、お前も見えるんだよな?」

長谷部は「ええ」と、首を縦に振る。

それが更に沢城を悩ます。

「長谷部だけなら、ロリコンが見せた幻覚で片付けるのだけどな」

沢城の長谷部=ロリコン発言に、生徒会室の空気が凍りつく。

菅野がゴミを見るような眼差しを向けてくる。

「長谷部…」

「お前…」

生徒会の面々の顔が曇っていく。

それも現状に対してではなくて、長谷部のロリコン疑惑に対してだ。

「皆勘違いするな、長谷部はロリコンじゃない」

事の発端である沢城が、何故か長谷部を庇う。

「長谷部は変態だ!」

「話がややこしくなるから、止めてもらえますかね」

更に事態が悪化した。

もう生徒会の中では長谷部が、ロリコンから変態にジョブチェンジしている。

「ロリコン長谷部の幻影ではないということはだな…」

「笑いをこらえながら、話すのも止めてもらえますか」

「お前ら、二人だけに見える理由があるんだと思うぞ」

急に真剣な表情に鳴る沢城の言葉に納得しながらも、長谷部は違う現実を対処して欲しいと願っていた。

「二人だけに取り憑いた幽霊…とかですかね」

櫻井が小さく呟く。

菅野と北村が揃って絶句する。

ついこの間に死神の知り合いが出来たせいで、少しの事では動じなくなっていた。

死神がいるのだから、幽霊くらいいても不思議じゃない。

と思っていても、少しは驚いているわけで。

例え本当に幽霊だとしても、すべき事は一つだ。

「お姉さんに会いに来たんだよな?」

ゆっくり近づいて、中腰になってつぐみと視線を合わせて聞く。

無言で近づいてきたせいか、彼女も怯えながら返事をする。

「う…うん…」

「じゃあ、一緒に探そうか」

「本当に?」

つぐみの表情がパッと明るくなる。

「ありがとう、お兄ちゃん」

菅野を含め、全員が二人の会話に取り残される。

こういう状況下で、本当は菅野にも協力して欲しいが、無理強いはできない。

横目で彼女の表情を確認するが、呆然としていて一緒に来てくれそうな雰囲気ではなかった。

「私には、お前らが何も無い空間に向かって話していて、少し不気味だぞ」

「大きなお世話です」

一番に口を開いたのが沢城だった。

この短時間に、幽霊の女の子が目の前にいるという事実は受け止められたらしい。

「とりあえず田村という生徒を名簿で探してみるから、少し待っていろ」

沢城は奥にある棚からファイルを一つ持ってくると、1ページずつじっくり確認していく。

それは生徒名簿だった。

「私はまだ信じていないが、長谷部はともかく菅野がこんな突拍子もない冗談を言うタイプでは無いと思うからな」

「それは俺だけだったら、信じてくれなかったという事ですか?」

「当たり前だ」

冗談混じりに言われているが、明らかに沢城の声のトーンがいつもより真面目だった。

重くならないように、俺もいつも通りに返す。

「何気に先生って酷いですよね」

「日頃の行いのせいだ」

「俺は日頃の行いが良すぎると思っていたのですが…」

「お前のその自信はどこから来るんだ?」

呆れたような沢城の返事に、俺も明るく返す。

沢城は「ほらよ」と、リストから何かを書き出して渡してくる。

そのメモには数名の見覚えのない名前が並ぶ。

「五人か…けっこういるな」

「放送で呼んでも良いのだが…理由が理由だけにな…」

「いえ、一人一人聞いて回ります」

浅く沢城に頭を下げると、つぐみの視線にまた合わせて話す。

「つぐみちゃん、行こうか?」

笑顔でつぐみは首を縦に振る。

菅野に目を向けるが、迷っているような素振りを見せる。

―――これは一人で行くか。

つぐみの頭を撫でると起き上がり沢城に向き合う。

「先生、行ってきます」

「未だに信じられないが、お前がそうしたいというなら好きしたら良い」

「ありがとうございます」

こういう状況では、他の教師の数倍は適応力がある。

残りの3人に至っては、未だに話すことすら出来ない。

「わ、私も行くよ」

驚いて振り向くと、菅野が視線を逸らしながら言う。

この状況でも、気まずさは継続中ということらしい。

いや、この状況だからこそか。

さっきから現状の把握も覚束なかった様子だったのに、どういう心境の変化だろう。

無言でいる俺に、少しムッとして近付いてくる。

「私も行くって言ったんだよ」

「ああ…」

「つぐみちゃん見えるの、長谷部と私だけなんだから…」

キョトンとした顔で、俺は返事を忘れていたらしい。

仄かに赤くなりながら、菅野は生徒会室を出ようとする。

「何か文句あるか?」

「あ、ありがとう」

笑い出しそうになりながら、俺はつぐみの手をとって生徒会室を後にする。

部屋にを出ると、俺らは会話も無いまま少し歩く。

「クラスのみんなに声だけかけてくるよ」

「急いでくれよ」

口実を作って涼平は、その場から一時的に外れる事にする。

こういう状況で、真相が分かる奴が一人いる。

俺は非常階段の踊り場に行く。

そこは、校舎の外れにあり、サボっていてもバレやすい場所でもあるので、用事もなく人が来ない場所でもあった。

周囲に誰も居ないことを確認すると、小さく声を出す。

「おい、モトいるんだろう?」

「何だ?」

俺の声に反応するように、すぐ後ろに気配が現れる。

予想していても、ビクッと驚いてしまう。

もう少しゆっくり出てきてほしいものだ。

振り返ると、いつもの格好でモトは不機嫌そうに立っていた。

「気配がないというのは、心臓に悪いな」

「何の用だ?」

苛立っているようにモトは、要件を聞いてくる。

しかし、相変わらず帽子で表情が見えなくい。

「さっきの女の子…」

「ああ…それがどうした?」

「彼女は何なのだ?」

「私は君の味方ではないと、言ったはずだ」

「これはイレギュラーだろう? 俺の事とは関係ないだろう?」

モトは露骨に大きく溜め息を零す。

俺も少し強気に言う。

彼女はもし本当に死神だった場合、つぐみが本当に優麗だった場合、死神たちが少しは関与している可能性があると思ったからだ。

イレギュラーというのも、俺にではなく彼女たちの立場においてを指していた。

「ああ、お前が察している通り、彼女は魂だけで肉体は無い」

「そうか…」

「どうした?」

「いや、普通に答えてくれるんだな」

予想外にあっさりとモトは、つぐみの存在を答えてくれた。

もっと意味不明な屁理屈を言うのかと思った。

しかし、それだけ死神の立場に、つぐみの存在は関与しているということだ。

「あの子は、此処にいてはいけない存在だからな」

「それは死神としてか?」

「ああ、そうだ」

その回答に少しホッとした。

これはモトはどちらかと言うと、協力的だということだ。

気にはなるが、『此処にいてはいけない存在』理由を、深くは聞いてはいけない気がした。

「どうにかしてやれないのか?」

「私は管轄ではないからな」

お役所仕事みたいな返事だった。

この様子だと、管轄の仲間とかにも連絡してくれなさそうだった。

「どうすれば、彼女は…」

「お姉さんに会わせてやればいいんじゃないか」

投げやりな

やはり成仏させるには、願いを叶える他ないか。

「分かった」

「しかし、君はそんなことをしていて良いのか?」

苛立った口調で、言葉を打つけられる。

モトの言いたいことは、『生き返るための努力をしなくて良いのか、時間はないんだぞ』だ。

そうだ、幽霊の女の子の願いを叶えても、俺には何一つ得は無い。

それどころか、このままだと自分もその仲間になってしまう。

そんな時間があれば、菅野との関係性を修復する事だけ考えるべきだ。

もっともな意見だ。

反論はできない。

でも、今はこう言うしかなかった。

「…良いんだ」

そう自分に言い聞かせた。

―――今は良いんだ。