つぐみ

鈴ノ音学院高校の文化祭の規模は大きい。

それこそ生徒数も多いので、地域の小さい祭りよりも遥かに活気がある。

催し物も趣向が凝られていて、喫茶店やお化け屋敷のようなスタンダードなものから、自主制作アニメなどと一遍変わったものも多い。

様々な層の来場者を楽しませる工夫を、各クラスや部活、委員会で考えられている。

それも生徒会に入って知ったことだが、菅野が働きかけて全校一位の人気を獲得した団体には豪華景品が授与される。

気合の入っているクラスの準備は、それこそ鬼気迫るものがある。

今も喫茶店の裏方で、クラス全員に指示を出している鬼軍曹が俺の眼の前にいる。

「戸松、ほどほどにしろよ」

「リョウもお客様を待たせないように気をつけなさいよ」

戸松は接客チーム、調理チーム、呼び込みチームの指示を一人で担っていた。

しかし、その参謀っぷりは的確でスムーズだ。

俺はというと、基本的には裏でコーヒーか紅茶をカップに注ぐだけの役だ。

「しかし、何で皆こんな格好なのだ?」

「そりゃ、アリス喫茶だからな」

よくわからない理屈で切り返されたが、自己解釈すると「不思議の国のアリスを題材にしているから、全員の衣装が登場キャラクターのものである」ということらしい。

違っても、あれだけの情報をくれなかった戸松が悪い。

女子は基本的にアリスの格好なのだが、男子が酷くてトランプだったり猫の着ぐるみだったりする。

日高と俺はマシなほうで、兎の耳を付けた貴族の格好だ。

「内山とか可哀想に、木の着ぐるみで入り口の案内役…しかも一歩も動けないとか、個人差ありすぎるだろう」

「そこは沢城先生の案だよ」

内山、可哀想すぎる。

どうせ、沢城に婚期のネタでも聞いたのだろう。

「どちらにせよ、お前も面白がって衣装作っていたんだろう」

「何故それを…」

戸松の笑顔が引きつる。

この手のイベントをお祭り大好き少女の彼女が、静観しているとは考えにくい。

どちらかと言うと、面白がって仕事を増やすほうだろう。

横目で壁にかかった時計を見ると、時計は十一時を指していった。

「そろそろ、生徒会の仕事に行ってくるよ」

兎耳を外す俺に、戸松は不思議な視線を向けてくる。

「どうした?」

「リョウ、ちょっと今朝から可笑しくないか?」

こういう時は、付き合いが長いと態度でバレてしまう。

もちろん、昨日の事が原因だ。

菅野が朝から生徒会の手伝いなので、話す時間などなかった。

あれから結局答えも出ないままなので、今日を迎えている。

表情を繕って上手に誤魔化そうとするが、不自然なのが自分でもわかってしまう。

こういう時、付き合いが長くて助かる。

彼女は詮索してこない。

「そうか?」

「生徒会、辛いのか?」

「いや、みんな良い人だよ」

生徒会の中で悩みを抱えていると、勘違いされたようだ。

俺は少しホッとして、今度は自然に笑顔を作る。

「ボクで相談乗れるなら乗るから」

ふざけて胸を張る仕草をする、そんな彼女の優しさに気持ちが少し楽になる。

戸松に「ありがとう」と告げて、教室を出る。

「今日、ボクのバンドが演奏するから観に来てね、2時から体育館だからね」

教室を出る間際に、大きな声で戸松の声が届く。

それに手を上げて返事をした。

 

 

生徒会室を目指して、廊下を歩いていると、今一番気まずい相手が前を歩いているのに気付く。

歩いている人混みを避けるようにして、横に回りこみ声をかける。

「あ、菅野…」

一声に反応して横を向く菅野は、声の主に一瞬だけ驚いた顔をして、すぐ冷静を保つように真顔で前を向く。

「何だ、長谷部か…何か用か?」

「菅野も見回りか?」

視線を落として、菅野が小声で「ああ」と答える。

「菅野、昨日は…」

「昨日の事は忘れてくれ」

彼女が言葉を遮る。

それは拒絶にも似ていた。

「違うんだ」

「良いんだよ…もう良いんだ」

「だから菅野、聞いてくれ」

「もう良いって言っているだろう」

全ての言葉を否定して、菅野は聞く耳を持ってくれない。

それに合わせて、徐々に彼女の歩くスピードが早くなる。

苛立って、菅野の肩を掴んで歩みを止める。

「菅野!」

菅野が口を開こうとした瞬間、足元で声がする。

「ねぇ、お姉ちゃん…」

それは聞いた事のない、小さな女の子の声だった。

二人で視線を下に向けると、小学生低学年くらいの小さな女の子が、菅野の足元で俺らを見上げていた。

迷子だろうか。

その女の子の視線に合わせるように、菅野は座り込んで会話をする。

「どうしたの?」

「お姉ちゃん、探しているの」

「お姉ちゃんと逸れちゃったのか?」

「お姉ちゃんを探しに来たの」

オドオドして女の子は、声を萎めて答える。

菅野は目で「どうする?」と聞いてくる。

少し対策を考える。

迷子、しかも姉は在校生だろう。

年齢としても教員の妹という線は薄いだろう。

「放送で呼んでもらうか…どちらにせよ、まずは名前を聞かないと」

すぐに菅野は女の子に笑顔を向けて、必要な情報を聞き出すことにする。

「お名前言えるかな?」

「つぐみ…」

「何つぐみちゃんかな?」

「…田村つぐみ…」

「田村つぐみちゃんだね!」

よく出来ました、と言わんばかりに拙く話す女の子の頭を撫でる。

「田村か…聞いた事ない姓だな…」

「そりゃ、こんだけ生徒いれば知らない名前もあるだろう」

「沢城先生もいるし、とりあえず生徒会室に連れて行こうか」

菅野の発言に、つぐみはポツリと呟く。

「せいとかい…」

何かを思い出したかのように、笑顔になって興奮気味にその単語を発する。

「せいとかい!」

「生徒会がどうしたの?」

「せいとかいにお姉ちゃんいる!」

優しく話す菅野は、俺と目を合わせて疑問をぶつけ合う。

田村なんて生徒会役員に心当たりはなかった。

最近入った俺はともかく、菅野も心当たりがなさそうだ。

そして、菅野はつぐみは食い入る様に話す。

「生徒会役員ってことか?」

「うん」

つぐみは笑って返事をする。

しかし、更に二人は困惑する。

「生徒会役員に田村なんていたのか?」

「いや、私も聞いた事無いが…」

「もしくは去年いた3年とか」

「それなら引き継ぎで顔を合わせているはずだけど」

生徒の中で、生徒会関係者なんて数名しかいない。

教師を含めても、田村という名前の人物に心当たりがいなかった。

動揺しながら、現状出来る事をしようと思う。

「と、とりあえず生徒会室に行くか」

「そうだな、会長なら何か分かるかもしれないし」