苛立

バンっと、荒々しく自室のドアを開けると、荷物をおいてベッドに制服のままで横になる。

「荒れているな」

ドアの傍に立っていた、モトが話しかけてくる。

相変わらず冷静な口ぶりが、俺の神経を逆なでする。

「これが荒れていないでいられるか」

あれから菅野を探して校舎内を歩きまわったが、結局見つけられなかった。

見つけて、そこからどう説明するか何て考えていなかったが、この状況は最悪の展開だった。

これではまるで、日高に彼女がいることを知っていながら、面白半分で協力者のふりをしていた最低な人間と誤解されているようだった。

しかし、全てが間違いではない。

実際、言い出せなかったのも、反論できなかったも事実だった。

「彼女にバレてしまったんだろう?」

「見ていたなら、菅野が聞いていたのを教えろよ」

「私は君の協力者ではないからな」

相変わらずの対応に、更に苛立ちを加速させる。

モトのせいではないのは分かっていたが、こうなってしまった状況を傍観しているのが気に食わなかった。

「黙っていたのが裏目に出てしまったな」

「うるさい」

荒らげた自分の声の大きさに少し我に返る。

家族に聞こえたかという心配になるが、今はこの感情を押し殺す事が出来なかった。

「これからどうするつもりだ?」

「他の手を考えるさ」

「何か考えでもあるのか?」

「ない…でも、今はとりあえず信頼を回復しないと」

「それもそうだな」

そうだ、まず信頼回復から始めないといけない。

日高の恋愛がどうであれ、何かしらの方法で答えを出さないといけない。

「とりあえず、戸松と日高…といったか、あいつらに口裏を合わせてもらったらどうだ?」

「どういうことだ?」

モトの急な提案を理解できなかった。

「今年中だけ、彼女には二人は付き合っていないことにするのさ。今日の話は誤解だった事にするのさ」

「それって…」

それは、恋愛面以外での方法で生き返る事が確定するまで、嘘を吐いて菅野は日高に片思いさせたままでいさせるという事だ。

「一時的な信頼を回復する為に、現状を保持しつつ別の術を模索するということだよ」

生きる為に、彼女に嘘を吐いて存在もしない希望を持たせる。

しかし、その方法が気に入らなかった。

「あいつの気持ちはどうなる?」

「お前は命がかかっているんだぞ? 他人の心配なんてしている場合か?」

表情一つ変えずに、死神は冷静に切り返す。

「それに信頼を回復する時間も短縮されるし、一石二鳥じゃないか」

「あいつの気持ちを犠牲にしろ…と?」

「ああ」と返事をしながら、少し笑顔になるモトに恐怖した。

「それとも嘘を吐いてまで生きたくないとか、言う気じゃないだろうな?」

そう続ける。

俺は理解できていた。

生き返るためには、こうやって誰かの気持ちすら利用しないといけない状況でもあることを。

しかし、菅野と接して応援してきた自分の気持ちも偽りではなかった。

迷いを見せる俺に、溜め息をついて、モトが現実を投げかける。

「まだ君は自分の状態をよく理解できていないようだな」

「自分の状態?」

「彼女をどんな手段を使っても、一時的に幸せにしないといけないんだよ…そうしないと君は死ぬ」

モトの口から出された『死ぬ』という言葉に、硬直する。

なりふりかまっている状態ではない、そう言いたいのだろう。

「彼女の一時的な感情と君の一生では、天秤にかける必要すらないだろう」

「しかし、菅野はそれまで前に進めないんだぞ」

「他人の恋愛の為に自分の人生を投げ出すのか?」

「でも…」

馬鹿な選択だという事も、勿論理解していた。

それでも、菅野の恋愛を無碍にしたくない。

しかし、恋愛と生死では重さの比重が違う、モトの価値観は間違っているとは言い難かった。

「お前はただ自分が生き返った時に、彼女が傷つくのを見たり、お前自身の嘘がバレて嫌われるのが怖いんだ」

「違う!」

まるで胸を抉られたような感覚に、咄嗟に否定する。

「相手の気持ち?そんなものは、ただの言い訳じゃないか」

モトは俺の顔を覗き込み、菅野の恋愛を大事にしたい気持ちを否定してくる。

その一言で、自分に自分で騙していた感情が掘り起こされる。

「君みたいなのを、世間では『偽善者』と言うんだ」

「違う!」

それは、さっきから自分の心の奥隅に存在していた。

全部が理由付けで、結局は保身を考えている。

「俺は菅野の為に…」

「君は自分が悪者になるのが怖いだけだろう?」

図星だった。

言い出せなかったのも、何もかも自分が悪者にならないようにする為だった。

全てが保身のためだった。

「今だけで良いんだよ」

悪魔の囁きの様なモトの言葉に、また答えを失う。

何も言葉を発せなくなる。

ただ言い聞かせるように、責め立てるように、モトは顔を近づけて囁きかける。

「相手の為? それも自分の解釈でしかないじゃないか? 本当は片想いでも、恋をしている状態のが幸せかもしれない。知らないほうが幸せって言葉もあるじゃないか。年内だけ黙っていればいいんだ」」

それでは前には進めない。

それを口にしようとしたが、モトの攻撃は隙を与えてくれない。

「君は自分の価値観を押しつけているにすぎないのだ。どちらにせよ、自己中心的な答えを出すなら、自分の為に進まないと損だぞ」

「それは…」

俺は否定する言葉を失った。

モトの発言には正当性があって、自分の発言が如何に欺瞞に満ち溢れていたかを諭された。

その姿を見てモトは微笑むと、返事を聞くまもなく黙って部屋の影に消えていった。