嘘つき

それから数日は雑用を繰り返す毎日だった。

ただ生徒会に入って分かったことは、水樹の人柄の良さと菅野のポジティブさに周囲が引っ張られているということだった。

水樹が指揮をして、菅野が引っ張っていき平野がまとめる。

今の生徒会は、そんな形で上手に回っているのだろう。

あと驚かされたのは、生徒会の仕事量だ。

文化祭というのもあったが、学内の意見のまとめ、各部活の予算調整や活動整理、生徒の生活改善、周辺の地域団体やら商店街やらとの連携…等々と、数えきれない程の業務に追われている。

それを毎日のように、授業の終わった放課後から遅くまで熟している。

馴れない仕事のせいか、俺は毎日帰宅するとクタクタになっていた。

菅野ともゆっくり話す時間すらないまま、気づけば忙殺されて日々は瞬く間に過ぎ、文化祭の前日になっていた。

生徒会も遅くまで準備に追われていたが、暗くなる前には作業も終わり、ヘトヘトになった涼平は重い鞄を抱えて生徒会室を後にした。

しかし、何故か充実感はあった。

窓から夕焼けに染まるグラウンドを見下ろすと、もう帰り始めている部活も多かった。

それでも明日の文化祭の準備で、校舎内はまだまだ人が沢山残っていた。

下駄箱に向かう階段の途中で、後ろから呼びかけられる。

「涼平、今帰り?」

振り向くと、日高が大きな部活用の大きなバックを抱えて立っている。

部活棟から真っ直ぐ帰らずに、校舎に戻って来ている事に疑問を抱いたが、すぐ待ち合わせの相手を迎えに行っている事に気付く。

「部活終わりか?」

「そうだよ」

「今日は遅いね、沢城先生と話でもしていたの?」

そう言えば、日高には生徒会に入ったことをちゃんと話していなかったので、俺が如何に騙され脅迫されて、現在渋々生徒会に入り扱き使われているかを説明した。

そんな嘆きも虚しく、日高は「沢城先生らしいね」と笑っている。

「でも涼平が生徒会…ね…」

「おかしいだろう?」

「そうかな…俺は、どちらかというと涼平は任せられる人材だと思うけど」

こういう言い方をされると照れくさかった。

臆面もなく冗談も交えずに、俺の事を素直に認める。

その反対に否定するときは、しっかり否定する。

だからこそ、日高の言葉で褒められると自信がついた。

「戸松にしろ、二人共見る目がないんじゃないのか?」

「俺らが太鼓判を押すんだ、涼平は間違いなく向いているよ」

沢城や他の誰かに言われた言葉よりも、何故か二人に認められた言葉が何よりも嬉しかった。

「それにしても、文化祭の準備で忙しいんだよ…」

「…もうすぐだね」

少し間を置いて、日高が呟いたように言う。

遠くから笑い声や忙しくて走り回る足音が、放課後の校舎内に木霊する。

「それにしても、遅くまで生徒が活動しているんだね」

「学校に泊まっているクラスもあるくらいだからな」

「合宿みたいだね」

「何か面倒臭そうだな」

少し楽しそうにする日高とは対照的に、涼平は溜息をこぼす。

「ははは、涼平らしいね」

「クラスの準備が簡単で良かったよ」

クラスの準備は当日の朝早く来てやることは多かったが、買い出しなど分担してやれば前日までドタバタすることはなかった。

特に日高を含め、菅野や俺などの生徒会組など放課後が忙しいメンツは、ほとんど手伝わずに進められていた。

確かに喫茶店という響きで、メニューも少しお洒落なものだけで、これといった変わった要素はなかった。

しかし、戸松と沢城を含めた一部のメンバーが衣装と飾り付けを担当している。

それだけで不安がいっぱいである。

俺の中では、一番組ませては行けないコンビだと思う。

「演劇とかは、かなり大変だってね」

「うちのクラスがやらなくて良かったよ」

演劇の準備を隣のクラスがやっているのを見て、本当に大変そうだった。

ただそれはそれで楽しいかもしれない。

ここ数日で何故かそんな事を考えるようになった。

「涼平は向いてそうだけどね」

「何が?」

「演技とかだよ」

日高の発言の意味が分からなかった。

しかし、その意図をすぐに察する。

「舞台馴れしているっていうだけだろう?」

「それもあるけど、役に入り込みそう」

「いまいち、ピンとこないけどな」

日高の言うことは間違っていない。

演奏している時にどれくらい周囲が見えていないか、自分でも怖いほどよく知っている。

「そろそろ帰るよ」

鞄を持ち直して、階段を降りようとすると、日高は追うこと無く、何か言いたそうにする。

だが、流石にここまで来れば、理由は検討が付いている。

「分かっているよ…戸松を待っているんだろう?」

「うん」

「順調なんだな」

「付き合って、まだ1カ月経ってないからね」

笑顔になる日高に、何故か嬉しくなる。

本当の所、二人が付き合って自分の心境がいまいち自覚しにくかった。

あの電撃発表の後でも二人が特に付き合っている素振りを見せないから、尚の事ピンとこなかったのかもしれない。

俺の心境も手放しで喜べないのも、理由の一つだと思う。

「あー、俺はこれで邪魔者かー」

「そんな事ないよ、今までどおりに3人で遊ぼうよ」

当の本人もこんな調子だしな…と、涼平は溜息を零しそうになる。

もう少し相思相愛で、誰も入り込ませないという雰囲気を出してくれれば、菅野も勝手に気づいてくれそうなものだ。

菅野への説明の仕方を、未だに迷っていた。

次に進ませるような、そんな言葉もアドバイスも恋愛経験の薄い俺にはボキャブラリに限界があった。

「いや、流石に俺でも気を遣うよ」

「涼平は気にしすぎだよ」

「お前ら二人が気にしなさすぎなんだよ」

「そうかな…」

首を傾げる親友に、頭を抱える。

「それに俺がいたら、戸松に恨まれるよ」

「香澄も涼平を呼ぼうって、遊んでいるとよく言うよ」

「それはそれで問題だと思うぞ」

「そうかな?」

俺の予想では、日高に合わせているではなく、戸松も本気で俺を誘おうとしている。

「付き合いたての恋人ってのは、二人だけの時間を重んじるものなんだよ」

「二人も良いけど、涼平がいるとバランスが良いんだよ」

自分の存在が、二人の進展の妨げになっていることだけが判明した。

二人は多分『恋人』をするのが、照れくさいんだろう。

そういう意味で、3人でいれば今まで通りで済まされると照れ隠しを繰り返す。

「もう知り合ってからすごく長いからね」

「付き合いたてで倦怠期の夫婦みたいな事を言うんじゃない、世界の幼なじみキャラに幻想を抱いている方々が絶望するだろう」

「僕らはこれが自然なんだよ」

「お前ら、よく付き合えたな」

そこが本当に不思議だった。

付き合う経緯を聞いたが、予想以上に普通の男女の進展の仕方だった。

二人を見ていると、普通じゃない何かを感じさせて不安になった。

「それは愛の成せる技だよ」

しかし、こういう事も平気で言われるので、正直な話で心配していることすら馬鹿らしくもなる。

「じゃあ、二人でゆっくり愛を育んでくれ」

「そんな事言わずに、また3人で遊ぼうよ」

「嫌だ」

本気で自分が、二人の恋愛の弊害になることを危惧し始めた。

愛だの恋だの言う前に、二人だけの時間を大切にしてほしいと、本気で思う。

「香澄が気にしていたんだ」

少し落ち着いたトーンで、日高が話す。

さっきまでの冗談交じりの会話とは、温度が違っていた。

「香澄が、もう涼平は遊んでくれないんじゃないかって」

「それで最近やたら絡んできたのか」

「それで二人とも、涼平には言い出しづらかったんだ」

以前から疑問があった。

それは、二人の報告が遅かったことだ。

この二人なら、付き合った次の日には報告に来そうなものだ。

忘れていたとか、言わなくても察してくれると信じていたとか、そんなくだらない理由だと思っていて、あえて聞かなかった。

しかし、二人は3人の関係が変化することに臆病になっただけだったのだろう。

その事実に意外にも感動してしまう。

「分かったよ」

流石にここまで想われていて、邪険にすることもできなかった。

自分が思っていたよりも戸松と日高が、3人の時間を大切に思っていた事を。

「遊ぶよ、今までどおり3人で」

「本当?」

日高の表情が明るくなる。

「その代わり、二人でも遊べ…俺と3人は時々にしろ」

「ありがとう」

少し安心した日高の顔に、不思議と恥ずかしくなった。

俺は日高の顔も見ずに足を進める。

「じゃあ、俺はお先に帰らせてもらうよ」

「うん、また明日」

階段を数段降りた先に、見知った顔が立っている事に気付く。

菅野だ。

「お、菅野…」

何かを言おうとしたが、彼女の表情が険しいのを見て言葉を選ぶ。

もう上のフロアには日高の気配はなかった。

「まだ帰ってなかったのか?」

「今の話…」

小声で微かに聞こえる単語に、さっきまでの感情が一瞬で引いていく。

「今、日高君と話していたよな」

「え、ああ…」

弱々しく返事をする。

まさか、今の会話を菅野聞かれていたとは…。

最悪の展開だった。

「日高君、彼女いるのか?」

「いや…」

どう言い訳をするか、そればかりを考えていた。

しかし、何をまず説明するかさえ思考がパンクして定まらなかった。

「さっき長谷部に忘れ物を届けようとして、たまたま聞こえたんだ」

菅野が顔を俯ける。

弱々しくなる声に、弁明する隙がない。

「そういう事なら最初から言ってくれれば、変な希望を持たなかったのに」

何も反論できなかった。

彼女の言うとおり、知っていた事実は隠せない。

さっき知った口ぶりでもなく、彼女に言い出すタイミングが無かったわけでもない。

自分が確信犯だという事実だけが、俺から言葉を奪い去る。

「何か言ってくれよ」

「すまん…」

ただ認めることしか出来なかった。

事情を説明する事さえ、彼女を傷つけた事実を変えず自分の保身にしかならない事をわかっていた。

「知っていて、私の応援をしていたのか?一生懸命になる私を見て、面白がっていたのか?」

「ちが…」

「私、カッコ悪いな」

否定さえも別の言葉で遮る。

そして、菅野の顔は今にも泣き出しそうで、儚げな笑顔だった。

「でも…私も…一生けん…命…」

そして、最後まで言い終わること無く彼女は走り去っていった。

「菅野!」

叫んだが、止まること無く彼女は校舎の奥の薄闇に消えていった。

それを俺は、ただ見送るしかなかった。