生徒会

「というわけで、本日から生徒会の一員になる長谷部君だ」

何が『というわけ』か、まったく分からない。

そんな事を思いながら、生徒会一同の顔を見回す。

あのまま、俺は回避する事も出来ずに生徒会室にいる。

勿論、ホールムームと同時に教室を出ようと試みたが、教室の出口に仁王の様に待ち構えていた沢城に拉致られて生徒会室に放り込まれたのだ。

歓迎ムード一色の生徒会室は、黙って逃げ出そうとすることに罪悪感を芽生えさせる。

そのまま長机を囲む椅子に座らされた時には、とっくに観念していた。

とはいえ、本当にここにいる全員が、自分の生徒会入りを納得しているかが心配だった。

選挙でも選ばれていない、どこの馬の骨かわからない人間が急に生徒会に入ろうとしているのだ。反発がある可能性もある。

そんな事を思っていると、気まずい静寂が出来た。

水樹に小声で、「ほら、挨拶」と言われてしまう。

慌てて頭を深く下げて挨拶をする。

「2年の長谷部涼平です、宜しくお願いします」

「と言っても、まだ正式な手続きを終えていないから、仮役員みたいなものだな」

水樹の補足情報に目を丸くする。

「そ、そうなのか?」

生徒会と沢城の承認で決まると思っていたが、思っていた以上に形式張っているらしい。

「選挙をしていないからな…書類とか作って職員会議に提出して承認されて、初めて役員になれるんだ」

研修期間みたいなものだろうか。しかもまだ職員会議に通っていないらしい。

職員会議で却下されれば、自然に沢城の思惑から逃げ出すことができる。

一抹の希望を顔に出さないようにする。

「それじゃ、まだ決まったわけじゃ…」

「大丈夫だ、色々と手はうってあるから」

笑う水樹に恐怖を覚える。

そもそも、いち生徒がそこまで教職員に影響を与えられるだろうか。

水樹の自分の知り得ない一面を垣間見た気がした。

「それでは各自、自己紹介をしてくれ」

「菅野雪乃です!副会長です!」

すぐに左隣りに座っていた菅野が、声を大にして自己紹介を始める。

「ああ、知っている」

「長谷部って、たまに面白くない反応をするよな」

「はいはい」

しかし、今は菅野のテンションに付き合う気になれなかった。

生徒会の事など今の俺には些細な事でしかなかった。

未だに日高と戸松の事を、どうやって彼女に伝えるかを悩んでいた。

軽くあしらわれたと思い、彼女は不貞腐れている。

「二人は、知り合い?」

水樹の右隣、俺の向かいに座る黒髪に黒縁眼鏡の女性が、声をかけてくる。

少し高めの身長に、大人びた顔つきをしている。

素振りや振る舞いが落ち着いていて、同じ生徒会役員でも菅野とは正反対の印象を受ける。

何故か緊張しながら、「ええ」と答えてしまう。

「私は副会長の平野亜希よ…同じ2年だからタメ口で良いわ」

彼女は「よろしくね」と、笑顔を見せる。

同じ年齢だとは思いにくいぐらい落ち着いた素振りを見せる。

「は、はじめまして、1年で書記をしています、桜井と言います」

続くように平野の右隣に座っていた女生徒が、立ち上がり自己総会をする。

彼女は顔を真っ赤にしながら、早口で話す。

小柄で栗色のボブカットで、小動物の様にビクビクしている。

緊張したように、カクカクした動きですぐに席に座る。

しばらくの沈黙の後に、右隣から体格のいい男子生徒が声をかけてくる。

「2年E組の大久保だ」

大久保は短髪で爽やかな笑顔を見せ右手を差し出してくる。

如何にも体育会系という風貌をしているので、生徒会というよりむしろ柔道部のがシックリきそうだ。

「技術科で、ここでは庶務をしている」

庶務よりも守衛か用心棒が似合いそうだ…と、言葉を飲み込みながら彼の手を握り握手をする。

「あともう一人、会計の北村さんがいるんだが、今ちょっと生徒会に出れないんだ」

「2年生ですか?」

「うん、少し学校を休みがちでね」

あまり深く話そうとしない水樹が、説明しづらそうにしているので詮索はしないことにした。

全員の自己紹介が終わると、彼はそのまま咳払いをして話を進める。

「とりあえず、長谷部君は文化祭までの間は試用期間ということで…雑用全般とやってもらおうか」

話を切り替えるように、水樹は話を切り替える。

「平野さん、彼の事を御願い出来るかな?」

「はい」

平野は立ち上がり、生徒会室の奥にある小部屋を指す。

「まず書類整理を手伝ってもらうわ」

 

 

それから小一時間ほど、指示や注意以外での会話も特にないまま、コツコツと書類整理を行う。

書類整理と言っても、予想以上に片付いているので手間ではなかった。

ただ生徒会の保管する資料を教職員が乱雑に使用して片付けないものを、生徒会が代わりに書類種に戻すという作業だ。

分類もしっかりされているため、時間もたいしてかからないはずだが、馴れない人間にとっては初めて見る書類をルールも分からない棚に戻すので、人一番時間がかかった。

「初めてにしては上出来だわ」

平野は笑顔で優しい言葉を投げかけてくれるが、並びのルールを覚えたのは作業が終わる直前だった。

「菅野さんとは友達なの?」

終わりが近付いたせいか、それまで仕事の話しかしなかった平野が、菅野の話題を出してくる。

今、あまり聞きたくない名前ではあったが、変に勘ぐられないために少し考えて話すことにした。

「はい、最近少し話すようになって…」

「同い年なのだから、タメ口で良いわよ」

ついつい敬語になってしまっている。

彼女の雰囲気が、どうしても同年代の女性とは思えないのだ。

「あ、何か…」

慌てて訂正しようとすると、平野は抑えるようにクスクスと笑う。

その姿も、とても同学年の女の子とは思えなかった。

「ごめん、長谷部君って面白い人だね」

微笑みながら彼女が、最後の書類を棚に戻す。

「はい、これで終わり」

「お疲れさまです」

「お疲れさま」

そのまま平野は、少し休憩を取るのか椅子に腰を下ろす。

「だけど、なんで生徒会に?」

「済し崩し的に…」

濁して説明しようとするが、平野は察して切り返す。

「沢城先生か…補充要らないって言ったんだけどね」

「そうなんだ?」

驚いた情報だった。

人手が足りないので、無理やり突っ込まれた人員だと自覚していた。

「本当にやりたくなければ、辞めてもかまわないわよ」

「一度は自分でやるって決めた事だから、出来る限り最後までやり切るよ」

「そう」

何故か優しく平野が笑う。

それは馬鹿にされているのではない事が分かった。

「平野さんは、確か去年も生徒会だったよね?」

「あら、よく知っているわね」

平野亜希といえば、学年で知る人ぞ知る有名人だ。

学年首位の学力にスポーツも万能、容姿端麗で素振りも落ち着いていて大人っぽい。

実際は噂でしかないが、それでも彼女はそれを否定させない雰囲気がある。

「学年トップの名前は、嫌でも耳に入ってくるさ」

「光栄だわ」

才色兼備の少女が、少し無邪気に笑う。

「率直に聞くけど、生徒会の仕事ってどう?」

「面白いわよ、うちの学校って生徒会の自治権が強いから」

「自由度が高い分、忙しそうだな」

「そうでもないわよ…ただ任されているだけであって、学生の本分は勉強だから強い強制力もないわ」

それは、生徒に一任するが生徒会の運営は裁量労働制みたいなものという事だろうか。

しかし、そこまで自主的な生徒の力量だけで運営するには限界がある、という疑問を抱く。

数年前まで生徒会が機能していなかったという噂を耳にしたことがある。

適当な活動しかしなければ衰退するし、しっかり統率を取って成果を出す事も可能という事だろう。

「それでも、学生からの要望を上手に捌いているよな?」

「それは会長の力だわ」

「会長の?」

「会長自身は謙遜するけど、会長が裏で動いてくれて改善された事が圧倒的に多いわ」

水樹の話をしている平野の顔は、思いやり、尊敬のようなものが伺えた。

その後、少しずつ変化していく彼女の表情は、詮索させる事を躊躇させた。