これからやっと、彼と彼女が始まる。

また私達は、京都駅の土産屋を物色していた。

あの後、智さんの母親に和菓子を手土産に持たされて帰されたため、私と涼平は土産の物色が他のメンバーよりも早く終わって時間を潰していた。

「これで終わりか…」

沁沁と涼平は呟く。

その声に様々な意味があるように感じられたが、来た時と違ってスッキリとした表情見せる。

「お土産買ったのか?」

「妹にな」

「涼平って妹いたのか?」

少し意外だった。

どちらかというと、一人っ子というイメージを勝手に抱いていたからだろう。

「ああ、菅野はいるのか?」

「うちは弟が一人だ、凄く生意気で困っているよ」

私には六歳下の弟がいる。

しかし、今回の件で私は、兄弟や姉妹の絆というのを実感された。

「菅野はお姉さんっぽいもんな」

そう言って、彼は小さく笑う。

何故だか、彼が元気になって嬉しくなって私も頬が緩む。

「菅野…」

「なんだ?」

少しの沈黙がある。

見つめ合って、何故か彼から目を離せなくなる。

「ありがとうな、本当に助かった」

改めて言われると照れくさくなる。

「いや、良いんだ。俺はお前が元気になってくれたなら…それに、涼平には借りがあるしな」

「本当にありがとう」

そう言って、彼が笑顔になる。

その表情が凄く嬉しかった。

きっと彼は、沢山苦しんだのだろう。沢山悩んだのだろう。

今までに見た事無いほどに、彼は幸せそうにしている。

きっと、彼は前に進める。

そう思えたら、また私も釣られて笑顔になる。

「おう」

次の瞬間、彼の表情が固まる。

何故か目を丸くして、凝固しているようだ。

「雪乃ー、こっちにもお土産屋さんあるよ」

彼の表情の理由を聞く事を阻むように、遠くから結花が手を振っている。

さっきまで、近くの土産屋にいたはずの彼女が何故か遠くに居る。

私の背を押すように彼は、「後でな」と手を軽く上げる。

それを後にして、結花の元に走って行く。

手には大きなお土産袋を下げているので、彼女はもう買い終わったようだった。

「あれ、長谷部君は?」

彼女は本命の相手だろう、彼が元居た場所から動いていないのを残念そうにする。

「もう土産買ったみたいだぞ」

「そうか…残念」

苦笑いをして誤摩化すが、彼女はこの旅行で少しでも近付きたかったのだろう。

あんな出来事があって、彼女は彼と話す時間もなかった。

「ねえ、雪乃?」

「なんだ?」

「雪乃は長谷部君のことが好きなの?」

結花が急な質問を投げてくる。

私は、「は?」と思わず声にする。

「そ、そんなわけないだろう…」

自分でも意味も分からず動揺してしまう。

「雪乃は嘘が苦手だね」

そんな私の言い分を否定するように、彼女は理解したような顔をする。

「だって私は、まだ日高君が…」

そうだ、私はまだ日高君への想いを断ち切ったわけではない…のだろうか。

じっくり考えた事がないくらい、最近は薄れていたのは事実だった。

「あの川での出来事、あの時の行動を見ていたら分かるわ」

あの川での出来事というのは、鴨川で涼平を突き落とした時の事だろう。

あれは彼の事を思って、無我夢中で行動にしただけだった。

「何がだよ?」

「雪乃にとって、長谷部君はかけがえの無い存在だって」

「そりゃ、かけがえの無い友人だけど」

確かに、彼は私の他には無い理解者の一人だ。

それは間違いない。

ただ、無意識に自分でも『友達』という言葉を強調しているのに気付く。

「本当に?」

詰め寄るように結花は、一歩踏み出し私の目を見てくる。

「本当に友人として、長谷部君のことを大切に想っているの?」

「それは…」

私はハッキリ答えられなかった。

その時、気付いてしまったのだ。

彼は私にとって、何なのか。

それの答えを、私はまだ持っていなかった。

答えを出せないまま俯いた私を見かねて、結花は先に口を開く。

「雪乃」

顔を上げると、そこには結花の真剣な表情があった。

その瞳が、ハッキリしろと語っているようだった。

「私、長谷部君に告白するよ」

彼女の言葉は、私の心に投げかけられた。

だが、今の私に彼女を止める理由は無い。

そして、いつの間にか彼女の応援をする言葉を投げられない自分が、そこにはいることにも気付いてしまった。

「そうか…

そう一言だけ、私は地面に落とした。

 

 

 

 

彼は困惑しているようだった。

長谷部涼平は、さっきまで菅野雪乃と会話をしていた。

そして、彼女は悠木結花の元に走って行ってしまった。

まるで彼は、目を離せないように、その場に立ち尽くして彼女の後ろ姿を見送っていた。

彼女が別れ際に見せた笑顔に、彼は表情を固定されてしまったようになった。

死神はその表情を知っている。

きっと彼は、菅野雪乃に惹かれているのだろう。

しかし、これは始まりにすぎない。

やっとスタート地点に、彼は辿り着いたのだ。

「これからが本当の試練だ」

そう言って、死神は彼らを見下ろす。

京都駅の向かいのビルの上は、思った以上に風が強かった。

死神の右手には、一枚の紙切れがある。

『死亡予定者』

その見出しの下には、彼が事故を起こした日付。

最後の一行には対象者の名前が書かれていた。

 

菅野雪乃、と。