だけど、少年の願いは叶う事はない 伍

葉月が落ち着いた後、俺らは時間も時間なので旅館に返る事にする。

母親が凄く残念そうにしていたが、流石に修学旅行中に外泊は出来ない。

また来ますと、約束をして納得してもらう。

菅野は「先生に電話してくるよ」と、礼儀正しく挨拶をして先に出て行ってしまった。

残された俺に父親は深々と頭を下げる。

「すまなかった、恥ずかしい場面ばかり見せてしまった」

「いえ」

大の大人に頭を下げられて、どう反応していいか分からなかった。

「智が手術をすると言い出した時に、こう言っていたよ」

父親が言うには、智は「お父さん、お母さん、葉月にいっぱい幸せにしてもらえた。でも私は涼平と幸せになりたいと思ったの、だからお願い」と、手術をする事を何度もお願いして来たらしい。

最初から、両親はきっと智の願いを知っていたのだ。

「娘の幸せを願わない親は居ないからね」と苦笑いすると、父親は「娘を送り出す父親の心境だったよ」と付け足す。

反応に困る発言に何も言い返せないでいると、肩を優しく叩かれる。

「涼平君、君がもし我々や智に少しでも負い目を感じているのであれば、幸せになりなさい。それが君が智に、我々に出来ることだ」

ひょっと後ろから母親も「私は、貴方を自分の息子のように思っているわ」と、顔を出す。

「ありがとうございます」

今度は俺が深く頭を下げる。

少し顔を上げた時に、不意に葉月と目が合う。

「私は、今でもお姉ちゃんが手術をしなければって思ってる」

彼女はそう言って、目を逸らして不機嫌そうにする。

姉の願いも大事だが、彼女は彼女なりに姉の事を心配していたのだ。

「だけど、それは貴方のせいでも、誰のせいでもない…私がお姉ちゃんに素直になる勇気がなかったせいなんだって分かってる」

「葉月ちゃん」

「勘違いしないで、私は貴方が好きになれない」

こうはっきり言われると、何も言い返せないし少し辛い。

「お姉ちゃんじゃなくて他の女の人と良い感じになっているなんて」

論点がズレているような気がする。

「良い感じって…」

俺は扉の向こうのクラスメイトを想像する。

「彼女の事が好きなんでしょ?」

「いや、だからクラスメイトだって…」

「ハッキリしないなー、まあ、肯定されてもムカつくけど」

理不尽な対応に、俺はオドオドしながら否定しきれないでいると、父親は今度は両肩を掴んでくる。

「涼平君、君は正直者だ…以前の君を知っている私からすると、それだけ君の心を動かせる相手は、うちの娘以外では彼女くらいなんじゃないのかね」

「お父さんまで」

そう、この雰囲気を俺らはずっと過ごしていたんだ。

智が居なくなった辛さを支え合える存在だということを、俺は忘れていたのだ。

「我々は君の幸せを願っているから」

「ありがとうございます」

「私は願ってないけどね」

最後まで智はツンとした態度でいたが、なんだかんだで見送ってくれた。

 

 

もうすっかり消灯時間を過ぎていた。

どうやって密かに旅館に戻るか悩んでいると、菅野が謎の自信を持っていたので聞いてみると、さっき沢城に根回しをしたとの事だった。

しかし、沢城への借りが出来た事に一抹の不安を抱いている。

駅までの道のりに、沢城は夜の空を見上げて笑っている。

海の時とは違うが、今度も星が綺麗だった。

空気も澄んでいるように感じれた。

「付いて来てもらって助かったよ」

「公苑堂の苺大福で手を打とう」

意地悪そうに菅野は笑って返す。

公苑堂というのは鈴ノ音では有名な和菓子屋だ。

大福一つで数百円するので、学生にとってはかなり高額な和菓子だが、その味はかなりのファンが多く県外からも買いにくる。

「今度な」

「まいどあり」

「涼平は、まだ智さんの事が好きなの?」

俺は立ち止まる。

今まで、罪悪感のようなものが強くて、恋愛感情について思い返す事は少なかった。

確かに智は好きだった。

でも、それを言い訳に前に進まないのも、違うような気がしていた。

それに、今は葉月の最後の質問が頭から離れなかった。

そんな事を考えると、菅野の顔を直視出来なくなり、俺は咄嗟に「どうだろうな」と誤摩化す。

「ちゃんと誰かを好きになって幸せになることも、きっと智さんは望んでいると思うぞ」

それも理解していた。

だが、今の俺にはその答えを出す事が出来なかった。

話題を変える為に切り返す。

「そういうお前はどうなんだ?」

「私は…私の話はどうでもいいだろう」

そういうわけにもいかないのだが…と言いかけるが、その理由も話すわけにはいかないので止める。。

だが、本当に今日の彼女のおかげで、今の俺はあると言っても過言ではない。

彼女を本当に心から願っている、そんな自分がいることにも気付いていた。

そっと見上げると月が綺麗に輝いていた。