代償

「とりあえず、おめでとう」

「ああ…」

構えていたのに祝福の言葉を貰って、たじろいでしまう。

こういう所が、ペースが読めなくて困る。

「これで彼女を幸せにして、君は生き返る事が出来る可能性が高くなった」

「それは、どうも…」

やはり、確定ではないのだろう。

可能性という言葉を使う時点で、本当の答えはモトから俺に告げられる事は無いか、本当にモトも知らないか、そのどちらかだろう。

ただ菅野の望み通りなら、きっと俺と付き合う事で達成出来るはずだ。

望みはあるが、けっして確定ではない。

「しかし、この決断は君にとっては辛くなるのかもしれないな…」

その言い回しに、違和感を覚える。

「どういうことだ?」

「それはそのままの意味だよ」

「辛くなる?」

この場合、辛くなる部分など無い。

俺も彼女も両想い、俺も生き返れてハッピーな部分しかない。

ここで、俺は凄く嫌な予感がした。

この死神が、こういう事を言い出すときは、必ず悪い展開しかない。

「君は、これから彼女の死と向き合う事になるのだから」

何を言い出すかと思えば、意味が分からない事を言い出す。

「彼女の死…菅野の事だよな?」

「そうだ」

肯定するモトの言葉に、血の気が引いていく。

彼女は嘘や冗談を言うタイプではない、これが本当の事なのだと直感する。

「ど、どういうことだ?」

「そのままの事実を話しただけだ」

詳しく話さない態度に、苛立を覚えて俺は我を失いそうになる。

「だから、どうして菅野が死なないといけないんだ?」

その時、脳裏に一つの推理が浮かぶ。

この死神は死ぬ人間が分かると、以前言っていた気がする。

「もしかして、事故死とか…」

しかし、モトは首を横に振ると、一枚の紙を差し出す。

それは役所とかで使っているような印刷されたような用紙に、手書きで情報が書き込まれていた。

そして、その書類の見出しに『死亡予定書』と明記されている。

その馬鹿にしたような紙切れに、俺は絶句する。

「な…」

目の前の死神に、「なんだこれは?」と問いたいが言葉にならない。

馬鹿馬鹿しい出来事は、モトという存在で思い知らされている。

俺の様子を見かねてか、彼女はやっと話しだす。

「最初に私は君に話したはずだ…君が生き返るという事は、当初の予定で死ぬはずだった人間は死に、君が生き返る」

「確かにそれは聞いた、だけど…」

その時に、ハッとする。

彼女は最初に俺が生き返る時に、必ず元々死ぬ予定だった人間は死んでしまう。

その相手が…。

「だけど、それが幸せにする対象だとは聞いてないと?」

「なんで、菅野が死なないといけないだ?」

そうだ、辻褄が合わない。

ここで、わざわざ彼女が代わりに死なないといけない理由が見当たらない。

「君は思い出せないのか、本来は死ぬ相手が誰なのかを」

以前、彼女から教えてもらった事を思い出す。

「それは…俺と同じ行動を取るはずだった人間」

九月の上旬、俺が放課後に取った行動を思い出す。

あの日、たまたま俺は日直を沢城に押し付けられる。

その時、確か彼女は俺にこう言った。

「元々は、生徒会の奴なのだが…文化祭の準備やらで代わってやってくれないか?」

確かに、そのまま日直をして帰れば良かったのだろう。

しかし、その前に生徒会の顧問の沢城に、生徒会に使う資料の作成まで手伝わされていた。

結局、俺がやっても、菅野がやっても同じ時刻に帰る事になる。

そして、そのまま駅に向かう。

俺らは、駅までは同じルートで家に帰る。

同じ時刻、同じ場所で、同じように子供が車道に飛び出す場面に遭遇する。

そうか…そういうことか…。

「そうだ、彼女は本来日直の仕事をして、そのまま駅まで歩いて帰る予定だったのだ」

俺の表情を見て、理解した事をモトは気付いたようだ。

「あの日、お前はたまたま彼女の代わりに、日直の仕事をして帰ってしまった」

「それは、でも…」

「彼女は、あの日あそこで死ぬ予定だったのだよ」

事実を告げられる。

時間、場所が同じで、行動までも同じなんて偶然。

しかも、相手が自分が好きになった相手だった。

「そう、気を落とすな…元に戻るだけさ」

「だから、何で菅野なんだよ…」

「それなら、君は彼女じゃなければ良いと?」

「論点をズラすな!」

自分でも大声になったのが分かる。

彼女は一つ一つ気に障る言い方をする。

まるで、こちらを苛立たせようとしているようだった。

「ここ数週間、君に告げるつもりだったが聞いてもらえなくてね」

そういえば、帰って来た時に何度か声をかけられたのを思い出す。

その時は、菅野の事を考えていて全く聞く余裕がなかった。

まさか、こんな話だと知らず。

「そもそも君は、彼女が自分の身代わりに死んだとして、何か変わるのかい?」

「どういう意味だ?」

「元々、彼女は死ぬはずだった人間だ」

「だから、何で菅野なんだよ!」

俺は机にあった本を、モトに投げつける。

それを彼女はヒョイと避けると、本は壁にぶつかって床に落ちる。

もう黙ってほしかった。

たとえ真実であっても、これ以上の事実確認は精神的に悪かった。

「最初から決まっていた事だ」

「お前、それを知っていて…」

彼女の言葉に反応した時、ドアをノックする音が響く。

「お兄ちゃん?」

大声や大きな音を出したからか、真帆が心配して見に来たのだろう。

「ああ、すまん…大丈夫だ」

「そう…」

ドア越しに返事すると、真帆はそのまま階段を降りて行く。

これ以上は家族に心配させないように、一度冷静になろうと椅子に座る。

「最初に告げなかったのは、悪かったと思っているよ…でも、君の生きようとする意思を妨げると思い、敢えて告げなかった」

「今更…」

どの口が言うか、と言葉を続けずに切る。

怒りに任せて、また怒鳴ってしまいそうだった。

モトは最初から、菅野の代わりに俺が死に、俺が生き返る事で菅野が死んでしまうことを知っていたのだ。

「最初から告げては、君は生きる事を放棄しそうだからな…それに、教える義理もないしな」

都合の良い理由を口にするが、俺にとってはそこは問題じゃない。

「しかし、君が彼女を意識してから、告げるべきだと思ったのだ」

「意識してなくても、後味の悪いことを…」

意識している、していないの問題ではない。

その相手が、幸せにする対象だと言う事だ。

それが菅野でなくても、それは変わらない。

俺が幸せにしようと接する相手に、自分の代わりに死んでもらうということなのだ。

「何で、そもそも対象者が代わりに死ぬんだ」

「それは偶然さ」

「馬鹿馬鹿しい…」

本当に偶然なのだろうか、彼女の発言一つ一つが信じられない。

彼女の態度に俺は、「そちらの不手際なのに、えらい仕打ちだな」と吐き捨てる。

「君は、対象者が代わりに死ぬ事に怒っているのかい?」

「もちろんだ」

「それなら君は、最初から他人の命の上で、生き返る事を選択したのではないのかね?」

「また、その話か…」

「もし、それが彼女ではなく、知り合いの知り合いであっても同じように辛くなったかい?」

その質問に、俺は想像してみた。

それがもし、戸松の知り合いで特に深い関わりのない相手だったなら。

同じように怒っただろうか。

でも元々、誰であろうと自分の代わりに死ぬのが良いと思っていない。

勿論、その事実からも目を背けていない。

少し黙ってしまう俺の返事を待たずに、モトは先に話し始める。

「それとも、見ず知らずの誰かなら死んでも良いと思っていたのかい?」

「一度も俺は誰かが死ぬのを良いと思っていない…だけど、俺はそれでも生きる事を望んだんだ」

「それなら、今更迷う必要はないだろう?」

「お前、本気で言っているのか?」

この死神には、人間味というものが欠けている。

そう思った時には俺は、怒りで立ち上がっていた。

「ああ…だって、彼女は元々死ぬ相手だった…また恋人を失うかもしれないが、彼女もきっと君がまた幸せになることを望んでくれるだろう」

「お前!」

頭に血が上る感覚に教われると、感情のままに彼女の胸ぐらを掴む。

小柄の彼女は軽く後ろに蹌踉めく。

「女性には優しくするものだ」

「お前を一度は殴らないと気がすまない」

このまま殴ってしまいたかった。

だが、ここで殴っても何も変わらないことに、行き場のない拳を収めた。

「相変わらず、ムカつく言い方をするやつだ」

「事実を言ったままだ」

「大切な人を、また失うかもしれないんだぞ」

口にして、自分の手が震えているのが分かる。

また、同じ悲しみを味わうかと考えただけで、胃液が逆流しそうになる。

「確かに、彼女が対象だったのを告げなかったのは悪かったとは思う」

「悪いと思うなら…」

「だからこそ、事実を告げたのだ…全てが終わってから知っては、君は今よりももっと苦しむだろうと思ってだ」

後から知って、言い出さなかった風だ。

確かに、俺は偶然にも菅野を選んで、彼女を幸せにすることになった。

だからこそ、モトも対象が代わりに死ぬ相手だとは思いもよらなかったのだろう。

突き放すように、胸ぐらを掴んだ手を離す。

「どうにも…ならないんだよな」

「元々、彼女は9月に死んでいなければいけない人間なんだ」

まるで決まっている事のように、彼女は俺に告げる。

最初から、そういう話だったのだ。

俺が試練を成功すれば、元に戻す。

俺が生き、誰かが代わりに死ぬ。

それでも、俺は生き返る事を望んでいた…はずだった。

「いずれ人は死を迎える…彼女はそれが早かった…それだけだろう」

こいつはこういう考えなのか、と俺は脱力する。

彼女は、そもそも死神という立場上、誰かが死ぬ事への感覚が人間とは違うのだ。

もう何を言っても、他人の死への価値観が違う時点で話にならなかった。

諦めるように、俺は再び椅子に座り俯く。

「そんな簡単に割り切れるわけないだろう」

「どちらにせよ、あと2週間で決断する必要がある」

「どうにか…どうにかならないのか?」

無理だと分かっていても、もう一度聞く。

「これは無理だ」

服を正しながら、モトは予想通りの返答をする。

「そうか…」

「意外と食い下がらないんだな」

「そう言ったお前が、今まで何かを覆した事があったか?」

「確かにな…」

もう何を言っても変わらない事実だった。

俺が死ねば菅野は生き続けられ、俺が生き返れば菅野は死ぬ。

発狂しそうだった。

今にも、叫びだして逃げ出したくなった。

「もう…誰かを失うのは嫌だ」

「それで自ら死を選ぶのか?」

まるで真実から逃げようとする俺を捕らえるように、モトが至近距離まで顔を近づけて、俺と瞳を合わせる。

涙も出なかった。

ただ、俺は両手で顔を覆い、下を向く。

「でも、俺は…」

「君は一つ勘違いしている」

「何を?」

「元に戻るだけなんだ」

それは悪魔の囁きのようだった。

死神はこう続ける。

「元々、彼女は君と深く関わる事もない人間だったはずだ」

「この後の君が生きる長い人生を、この瞬間に全て捨てて良いのかい?」

うるさいうるさいうるさいうるさい。

「君は生き返れる希望が出来て、あんなに嬉しそうだったじゃないか」

「死にたくないと思っていたはずだ」

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。

「君はさっきから自分が諦めるという選択をせず、彼女が死ぬという事実しか口にしていない」

「君は本当は誰かを犠牲にしてでも、生きていたいんだよ」

「うるさい!」

言葉に出していた。

無意識に声を荒げてしまったことで、すぐに我に返る。

「別に恥ずかしい事じゃない…誰も死にたくは無いからね」

「少し黙ってくれないか」

その言葉を言うと、モトは静かになる。

俯いていた顔を上げると、そこにはもう彼女の姿はなかった。

俺は誰もいない部屋で、小さく呟く。

「ちくしょう…」

 

 

翌日は学校を休んだ。

結局、自分の中で答えは出なかった。

まさか、好きになった相手と自分の命を天秤にかけることになるとは思いもしなかった。

昼前に届いた戸松からのメールには、「元気?」と一文が入っていた。

きっと、まだ戸松は俺が菅野に告白された事を知らない。

昨日のデートの進捗が聞きたいのだろう。

とにかく憂鬱だった。

何故、こんな酷な選択を強いられているのだろうか。

よく昔から、「君のためなら死ねる」という言葉もあるが、同じ立場になって口にしてほしい。

死ぬのが怖い。

当たり前だ。

だが、菅野の顔を思い浮かべると、彼女には笑っていてほしい。

もう今年も半月ない状態での選択に、逃げ出したくなった。

そんな時、玄関が開く音かすると、「お邪魔します」と下のフロアから聞こえてくる。

すぐに来訪者は、ノックをすると返事を聞かずにドアを開ける。

「入るよ」

来訪者は日高だった。

「意外と元気そうだね」

「そうか?」

母親には、一応吐き気と頭痛が酷いと言ってあった。

日高に嘘を吐いても仕方がないのだが、ここは病人っぽくしようとする。

「風邪?」

「…みたいなものかな」

「これ、見舞いの品…ゼリーとかなら食べやすいかなって」

「ありがとう」

差し出されたビニール袋には、何色かのゼリーが入っていた。

そのまま、日高は俺の勉強机の椅子に座る。

「早く元気になってよ」

「ああ」

と、返事に困りながら、俺は心配されて急に罪悪感に目覚める。

今日の日高は、何処かいつもと違う感じだった。

「涼平…何があったの?」

ドキッとして、「え?」と零してしまう。

日高の様子から、昨日の事は知らないはずだったが、こいつは何かに気付いている。

「どうして?」

「涼平が体調を崩して学校を休むのは、智が亡くなって以来だからね」

「そ、そうだったか?」

「いつも学校に来てから、倒れて帰るくせに」

付き合いが長い分、異変には気付かれやすいのか。

今日、戸松がいない事も不思議だった。

いつもなら、病人であろうとセットで家に押し掛けてくるはずだ。

「事故したときもあっただろう…」

「涼平は相変わらず嘘を吐くのが下手だね」

それは、優しい笑顔だった。

まるでこちらの精神状態を見透かしたような、そんな目だった。

少し傾いた夕焼けで、部屋の中が薄暗くなる。

電気を点けていないせいか、自分の部屋の暗闇に飲み込まれるような錯覚に陥る。

「なあ、日高…」

暫しの静寂を崩す。

「クリスマスパーティーの幹事、変わってくれないか?」

「それは、かまわないけど」

「すまない」

「涼平…菅野さんと何かあった?」

またドキッとする。

日高はそこさえも勘付いているのだ。

いや、昨日俺らが出かけている事を知っていれば、すぐにその結論に辿り着くだろう。

一昨日、元気だった俺が翌々日には様子が変わっていれば、原因はその間の出来事だろう。

「な、何で?」

「今日、菅野さんも様子が変だったからさ」

「そ、そうか…」

確かに、俺とは違うベクトルで彼女は悩んでいるだろう。

告白はしたが、その後に話は出来なかったのだ。

その様子を思い浮かべると、少し嬉しくなる自分もいた。

「涼平を探していたり、挙動不審だったよ」

きっと彼女は、俺の返事を待っているだろう。

きっと彼女は、不安でいつも出来る仕事もミスしたりしているだろう。

俺は、このまま日高にどう説明するか悩んでいた。

しかし、いつかはバレることだろう。

「菅野に『好きだ』と言われた」

日高の顔が凄い笑顔になる。

こういうところは、戸松とそっくりだと思う。

「なんて?」

「昨日、二人で遊園地に行って告白されたんだよ」

「それで?それで?」

「返事もせずに帰って来た」

俺の言葉に、日高のテンションが急降下するのが分かる。

「涼平って意外とヘタレだよね」

確かに、すぐに返事をすれば良かった。

でも、俺もドキドキしていて、返事どころじゃなかった。

智とは付き合ったことはなかったが、女の子から告白されれば、免疫のない男子高校生は大概こうなるだろう。

「お前って、たまに心臓に突き刺さるような言葉を投げるよな」

「で、返事に迷っている?」

そこに悩んでいるわけではない、そう言いたかった。

自分の気持ちなんて、とっくに答えが出ていた。

しかし、自分の命と、好きな子の命、どちらを優先させるか悩んでいる、なんて言えるわけがない。

「なあ、日高…お前は戸松の事が好きなんだよな」

「え、ああ…改めて聞かれると、照れるけど」

急な話の転換に、日高は慌てている。

こういう自分の話は、相変わらず苦手らしい。

「お前は、戸松の為なら死ねるか?」

「どういうことだい?」

「よく、愛する人の為なら死ねる、とかあるだろう?」

キョトンとして、日高は俺の言いたい事の意味が分からないでいる。

そりゃそうだ、幼なじみから、こんな質問されたら誰もで困る。

反対に日高や戸松からされたら、俺でも困る。

しかし、日高は凄い奴だ。

そこから少し考えて、答えを口にする。

「分からないけど…」

予想通りの答えだった。

それはそうだ、実際にその状況にならないと分からないだろう。

ここで、「死ねる」と明言されても、疑ってしまう。

「それで、涼平はそれで悩んでいるの?」

もう部屋が真っ暗になりそうだったので、日高は立ち上がり部屋の電気を点ける。

そして、また俺の前に座って、話を続ける。

「菅野さんの事を、どこまで好きか悩んでいるの?」

「え?」

変に解釈されただろうか、そう思って訂正しようとするが、先に言葉を発したのは日高だった。

「相手の為に死ねるくらい、それくらい菅野さんが好きか悩んでいるの?」

しかし、それはそこまで外れた内容ではなかった。

俺はきっと彼女に対して、どれくらい想っているかが自分でも分からなかったのだ。

「智の事があるから、きっと慎重になっているだと思うけど…」

「いや、それだけじゃないんだ」

「他に何かあるの?」

「俺は菅野が好きだ…でも、菅野とどうなりたいかは分かってないんだ」

二人で過ごせる未来はないかもしれない。

でも、俺は彼女とどうなりたいのだろうか…。

付き合いたい?キスしたい?

沢城が言っていたように、俺は彼女とどうなりたいかなんて具体的な答えは一つも出ていなかった。

きっと普通の恋愛ならここまで悩まなかっただろう。

でも、今は違う。

彼女の為に自分の命を犠牲にするか、この想いはどういうものなのか、自分の中で答えを出さないといけない。

「それはゆっくり考えれば良いんじゃない?」

「そう…だな…」

力なく返事しているのが自分でも分かった。

どうしても話せない事情が、俺にはあったからだ。

そう、ゆっくりはしていられないのだ。

「でも、もし本当に香澄の為に、自分が犠牲にならないといけないことがったなら…俺はきっと、自分より香澄の幸せを願えるようになりたいと思っている」

「幸せ…」

相手の幸せとは何だろうか。

そこに自分がいなくても成立するものだろうか。

そう考えただけで、不安にも絶望にも似た感情で支配される。

目の前が真っ暗になり、想像する。

そこは俺がいない未来。

菅野が誰かと過ごし、誰かと笑い、そんな未来…だけど、その隣には俺はいない。

俺がいなくても、進んで行く未来。

想像しただけで視界が歪みそうになる。

「涼平、どうしたの?」

「ああ…悪い」

どうやら、考えに没頭していたらしい。

深く考え込みすぎた。

「智は、最後まで涼平の前では弱音を吐かなかっただろう?」

「ああ…」

「智がね、『きっと涼平は悲しむだろうけど、生きていればその先にある幸せに辿り着ける』だってさ」

「言いそうだな」

自然と笑いが込み上げてくる。

智はそういう人間だ。

無駄にポジティブで、他人の事を優先出来る。

俺は、彼女のそんな部分に惹かれていたのだろう。

「俺らは、智に教えられていたんだよ…誰かを想う事の意味を…」

「そう…だったな…」

これは京都の時にも実感させられたのだ。

「きっと、涼平は悩んでいる時点で答えが出ているんだと思うよ」

そう笑って、日高が言っていたが、どういう意味かは教えてくれなかった。

まるで、それぐらいは自分で答えをだすべきだ、と言われているようだった。

そのまま、たわいもない話をして日高は帰って行った。

しかし、クリスマスパーティーの幹事は無理言って変わってもらった。

菅野のことだから、変な勘ぐりをするだろうが、今は一人で考えたかった。