電飾の森で君とワルツを

家に帰ると、もう四時を回っていた。

菅野の家に入ったのが二時頃だったので、移動を抜いても一時間近くしかいなかったはずだ。

その割に、精神的に疲弊しているのが自覚出来た。

家の玄関を潜ると、聞き慣れた声が響いていたので、声の発信源であるリビングのドアを開く。

「おかえり」

「何で、戸松がいるんだ?」

戸松が当たり前のように、リビングのソファで横になって、真帆と話していた。

今日は家に来るなど、聞いてない。

以前はこうやって無断で家に上がり込んでいたが、ここ数年はなかった。

「いや、何となく今日の成果を聞きたくなってね」

彼女の発言に、ピンと来る。

「チケットは、お前の入れ知恵か」

「チケット、何の事?」

彼女は目を逸らしながら、しらばくれる。

「ALJのだよ、明日行く事になったんだよ」

「そうか、でもボクは明日用事あるしな」

どうせ、二人で行くことも知っていたのだろう…わざとらしい。

「菅野と二人でだよ。知っているだろう」

「お兄ちゃん、明日デートなの?」

急に真帆が食らいついてくる。

戸松の口元が緩んでいる…こいつ、これが狙いか…。

そんな思惑をおかまいなしに、真帆は食い入るように俺に話しかける。

「明日は人生の勝負所だからね」

「大袈裟だ」

「智さんと香澄さん以外と、女の子と二人で出かけた事もないくせに」

ギクリとする。

智のこともあったが、女性と二人と出かける経験が少ないことを指摘されると、何も言い返せない。

「そ、そんな事はないぞ」

「嘘だー」

何で、こいつはこんなに興奮しているんだろうか。

何故か、俺は言い訳を探している。

「お茶くらいは…」

「デートだよ、デート」

「お前、面白がっているだろう」

「そんなことないよ、大切なお兄ちゃんの恋が成就するか、幸せになるか心配で、心配で」

「そんな笑顔で言われても、説得力がない」

真帆の顔がさっきまでの必死な顔から、悪戯を企む悪い顔になっている。

どう考えても、俺で楽しもうとしている。

「お兄ちゃんは、ウジウジ悩むタイプだからね」

「五月蝿いな」

「今回も相手から誘われるとか、妹ながら恥ずかしいですよ」

何も言い返す言葉がない。

戸松には背中を押されていたが、自分から誘って何かを進めることを拒み続けていたからだ。

「お前は、お兄ちゃんの事を虐めて楽しいか?」

「そんな事ないよ、お兄ちゃんの事が大好きだよ、うるうる」

「口で『うるうる』とか言っている時点で、揶揄っているのが見え見えなんだよ」

ぶりっ子みたいに、くねくねしながら妹が「てへ」とか舌を出していると、本気で殴りたくなる。

「それでは、明日のデートプランを私がサポートしてあげる♥︎」

「いい加減にしろ!」

「はーい」

揶揄いすぎたと思ってか、あっさり真帆はキッチンに退散する。

そのまま、コーヒーでも入れようとし始める。

真帆は、こうやって一頻り俺で遊ぶと、引き際を見極めて撤退する。

馴れているのか、これ以上やると俺が本気で怒るラインを熟知している。

その二人のやり取りを見て、戸松が笑いを堪えている。

「何笑っているんだ、首謀者」

「それは違うよ」

「何が違うんだ?」

「あれは雪乃が自ら動いたことだよ、それを私が相談されただけ」

「それって…」

戸松の言葉の意味は、俺の期待を更に確信へと近づける。

しかし、それはどういうことだろう。

などと、困惑している俺は、戸松を問いつめようとする。

が、「これ以上は、本人から聞いてね」と先に釘を刺される。

「元々期待なんてしてないよ」

と少し強がってみせるが、内心は聞きたくて仕方が無い。

しかし、こうやって話そうとしない戸松の口を割らすのは、困難なことを俺は知っている。

普段は必要でもないことも、平気で話すくせに。

「それで、リョウは決心がついたのか?」

「…何が?」

「誰かを傷つけるかもしれない、そんなことだよ」

正直、その答えはまだ明確には出ていない。

自分の中では、菅野への気持ちだけがハッキリしていて、それからどうするかはまだ決めてはいなかった。

「さあな」

そう言って、また俺ははぐらかす。

これが狡いことも知っていた。

「もう、一人の乙女心を傷つけておいて、まだ迷っているわけ?」

戸松から予想もしない追求があり、俺は戸惑う。

その乙女が誰を指しているか、考えればすぐに分かった。

そう、悠木だ。

「知っていたのか」

「女子の情報網は凄いんだぞ」

「何それ怖い」

ということは、菅野も知っているだろう。

更に菅野の真意が気になった。

でもきっと、答えは単純明快だ。

「明日でハッキリすると思っている…いや、ハッキリさせなといけないだろう」

「そうか、そうか」

もう迷っている時間もない。

俺の中で焦る想いもあった。

これで前に進めれば生き返れる希望も出来て、全てが上手く行く期待でいっぱいになる。

「いつまでもウジウジしていられないし」

「やっと、その気になったか」

「ありがとう」

「あとは雪乃が、どう答えを出すだけだからね」

「フラレるかもな」

「そうなったら、残念会してやるよ」

皮肉っぽく言っているが、彼女は彼女なりに俺を心配してくれていたのだろう。

でも、戸松が深刻じゃない分、気が楽になる。

他意があれば、それを隠せるほど戸松は器用ではない。

「迷惑かけるな」

「でも、もし付き合う事になったら、お礼として交際内容をレポートとして提出してもらうよ…キスの場所から、初めての営みまで…」

「最低だな、お前」

そうやって、戸松が俺の中の張りつめた物を解消してくれた。

この半年、生き返る術も、前に進むことも諦めかけていた。

でも、明日にはきっとそれの答えが出せる。

そう嬉しくなっていると、携帯が鳴る。

「メールか?」

「ああ、差出人は…」

送り主の名前に、一瞬停止する。

「誰?」

「葉月だ」

智の妹、葉月からメールが送られてくるとは、憎しみが認められた呪いのメールじゃないだろうか…。

不安の中で、俺は急いでメールの本文を確認する。

『年末、家族でそっちに行くから、宜しく』

メールには、短い文章が書かれているだけだった。

「年末、こっちに来るみたいだ」

「へー、何でリョウに?」

「さあ…」

でも、このメールは以前のような憎しみや、そういった感情ではない。

言葉では言い表しにくい、そんな感情が読み取れた。

「葉月に手を出したら駄目だからな」

「するかよ」

「そもそもメアド知っているのが怪しい」

「帰り際に渡されたんだよ」

半ば親に言われて仕方ない風で、渋々携帯アドレスを渡された。

「今度来る時は、ちゃんと連絡して」

とは言っていたが、今よくよく考えると、ただのツンデレなのかもしれない。

そう考えると、面白くなって笑いが込み上げてくる。

「今度は皆で、智に会いに行かないか?」

俺の言葉に驚いたのか、戸松が一瞬動きを止める。

「あ、うん」

「どうした?」

「ううん、ちょっと嬉しくて」

そうだ、俺はこうやって沢山の人に心配されて来たのだ。

戸松は俺は前に進もうとしているのを、本気で喜んでくれている。

それが態度だけで伝わって来た。

 

 

翌日の空は快晴だった。

少し肌寒い空気に反して、朝日は清々しく駅前の静けさが、それを際立たせた。

駅のロータリーは土日のせいかバスも疎らで、通勤や通学の人も少ないので電車と電車の間は、特に静かになる。

緊張したせいか、三十分前に駅前に着いてしまった。

遠足を楽しみにする小学生じゃあるまいし、などと自分で自分を指摘するほどだった。

約束の5分前、8時55分になると彼女はやってきた。

遠くから、ゆっくり歩いてくるのが見えた。

向こうもこちらに気付いてから、少し足早に近付いてくる。

「お待たせ」

「お、おう」

別に緊張しているわけではないが、何か照れくさくなってしまう。

これも真帆がデートなんて単語を出すからだ。

凝視していたのだろうか、俺の視線に菅野が顔を近づけてくる。

「何だよ?」

「以前と違って、やたら可愛い服着ているなって…」

「涼平の言った事を守っただけだよ」

今日は以前と違って、菅野の恰好はベージュのダッフルコートに黒のタートルネックのセーター、下はチェックのミニスカートにハイソックスと女の子らしい服装だった。

髪型も少し持ちあげて、いつもと少し雰囲気が違う。

あまりにいつもの彼女とは連想にしにくく、ついつい見とれていたらしい。

休日の服装を何度か見た事もあったが、女の子らしい恰好と言えば、制服がダントツだったくらいだ。

「に、に、似合っているか?」

「ああ、凄く似合っているよ」

言っていて恥ずかしくなって、彼女の顔を見れない。

「そ、そうか」

満更でもない様子なのだけ分かった。

あまりこういう時に、褒める言葉を知らない。

「とりあえず行こうか」

その場の空気に堪えきれなくなり、駅の改札に向かう。

電車に乗ると、無言の時間が続く。

お互いの緊張が伝わる。

ちゃんと話すようになって、二人の時間でここまで会話が無かったのは初めてかもしれない。

そんな無言の時間が、無駄に俺に考える時間をくれる。

これから彼女とデートする、デートして…どうするんだ?

そんな思考能力の限界スレスレで、彼女とどうなりたいかを考える。

考える。

気付けば、目的地についていて、結局答えは出なかった。

俺らはそのままギクシャクして、園内に入る。

―――このままじゃ駄目だ…。

そう思った矢先、菅野は少し前を走って振り返り笑顔を向けてくる。

「今日は楽しもうぜ」

「お、おう」

そうだ、俺はこの笑顔と楽しむ為に、此処に来たんだった。

彼女に思い出させられる。

「勿論だ」

そう言って、俺は彼女に駆け寄る。

それから俺らは、いつもの調子に戻る。

二人で周る順番を決めて、一つ一つ見て行く。

前に皆と来た時と違って、二人だけなので互いが気になったものを交互に選んで行く。

「涼平、あれって前はなかったよな?」

「ああ」

はしゃぐ菅野が、指差した先にある看板を読む。

どうも建物を見るに、室内ジェットコースターのようだ。

『絶叫絶望のクリスマスプレゼント サンタロデオ』

看板のデザインもどう見てもクリスマスカラーではなく、ホラーカラーで文字もホラー映画のタイトルに使われそうな形をしている。

幸せを運ぶサンタが、どう考えても地獄の使者にしか見えないイラストが、更なる恐怖を増長させる。

「タイトルからして、良い予感がしないな」

「乗ってみようぜ」

「お前は、勇敢なのか馬鹿なのか分からんな」

「そんな事言って、涼平はヘタレだからな」

カチンと来る。

安い挑発だと分かっていたが、何故か彼女の挑発には子供のようにのってしまう。

「なんだと」

「ここで待っていても良いんだよ」

「仕方が無いから付き合ってやるよ」

「強がらなくても良いんだよ」

「そういう、菅野も声が震えているけど大丈夫か?」

懐かしいやり取りに、つい頬が緩む。

その馬鹿らしい会話に、何故か心が温かくなる。

ただし、それもロデオが発信するまでだった。

サンタロデオは、道中に可愛らしいサンタやトナカイ達が、光の楽園を案内してくれるストーリーになっていて、心が温まる展開…だったに違いない。

『違いない』というのは、途中から覚えていないからだ。

半端ない遠心力に振り回されて、何度も高い場所からスピンさせられながらダイブさせられた。

サンタロデオを降りると、二人はグッタリとしてベンチに腰をかけていた。

二人とも何も言わずに、ただ休憩を取った。

数分して先に話せるまで戻ったのは菅野だった。

「予想以上に胃の中がシェイクされたな…」

「…だな」

「次は平和なやつに乗ろうぜ」

俺の提案に賛同したのか、菅野は頷くと立ち上がる。

フラフラになりながら彼女は、すっと指を遠くに向ける。

「じゃあ、アレ」

彼女の指先に見えるのは、特大の船がぶら下げられていて、直角まで振り子の様にブンブン振り回されるアレだった。

そう、バイキングと呼ばれる絶叫系の一つだ。

全然、平和じゃなかった。

「菅野、お前は本当はドMだったんだな」

「嘘だよ、その手前のだよ」

その手前には、小さな子供たちが乗れるようなメリーゴーランドが、音楽とともにクルクル回っていた。

「この年齢で、あれに乗るのは抵抗がある」

メリーゴーランドに乗っているのは、小学生以下の小さい子供、またはその保護者ばかりだった。

流石に、その中に混ざる勇気がない。

「良いから行こうぜ」

「いや、あれは一人で菅野が乗っているのを激写して、後ほど戸松と日高に送る」

「うだうだ言ってないで行くぞ!」

ぐいっと、菅野に手を握られて引っ張られる。

こういう場合はドキッとするべきなのだろうけど、手を繋いだ事とメリーゴーランドに乗りたくない気持ちで、どっちにドキドキしているのか分からなくなった。

結局、お互いがメリーゴーランドに乗っている所を激写して、お互いの弱みを握るという意味不明な結末になる。

そこからは夕暮れになるまで、様々なアトラクションを周った。

人数が少ないせいか、5人で来た時よりも多く周れた気がした。

「今日はパレードやるんだって」

6時になる手前、菅野は笑って俺の手を引っ張る。

連れ回されている気分にもなったが、悪い気はしなかった。

「今日は帰らなくて良いのか?」

「うん、お母さんが今日くらいは少し遅くて良いよって」

寛大な母親だと、つくづく思う。

「広場に行ってみようぜ」

そのまま彼女に導かれるままに、このパークの中心部にある広場に出てみる。

そこはクリスマスを意識したイルミネーションの花畑に、中央に大きなツリーが聳えている。

そのツリーにも沢山の電飾が施され、多くのカップルや親子が足を止めていた。

俺らも、少し離れたところでツリーを見上げた。

「綺麗だな」

「ああ…」

見とれているのだろうか、彼女の返事が素っ気なくなる。

そのまま二人とも、ツリーを黙ったまま見ていた。

少ししてから、彼女が俺の方を見ている事に気付く。

「ねえ、涼平」

「何だ?」

それに向き合うように、俺は彼女の真っすぐな瞳を見る。

「涼平は、智さんと過ごした時間を、今はどう思っているの?」

急な質問で戸惑う。

ここで、智の名前が出てくるとは予想がしていなかった。

でも、きっと彼女はそれを確認しないといけなかったのだろう…。

「そうだな」

小さく息をのむ。

ここで嘘を吐いても意味が無い。

本当の気持ちを告げるべきだろう。

「確かに、あの時に彼女にしてやりたかった事は今でも多いから後悔する事もあるよ…でも、それも全て含んで、今の俺はあるから…その俺は、きっとアイツが願った通りに幸せになることが、最後に彼女にしてやれることなんだと思う」

「そっか…」

その表情からは、彼女の感情は読み取れなかった。

まるで、悲しい、安堵、嬉しい、苦しい、そんな複雑な感情が混在したような表情だった。

「お前はどうなんだよ?」

「何の事?」

「日高の事だよ」

すぐに切り返された話に、彼女も動揺する。

しかし、俺もこれは確認する必要があった。

今の彼女の中で、日高への想いはどうなっているのか、それを知る必要があった。

「ああ…日高君は、凄く大切な人だよ」

弱々しく彼女は答えると、絞り出すように続ける。

彼女にとっては、辛い事なのかもしれなかった。

罪悪感もあったが、きっと俺らが進む為には必要だと言い聞かせた。

「でも、それは香澄や結花と同じで、大切な友人の一人として…」

そう言い終えると、彼女は繋いでいた手に力を入れる。

そこで初めて、俺は彼女とずっと手を繋いでいた事を意識する。

手から彼女が、今から何かを振り絞ろうとしているのが伝わってくる。

そして、大きく息を吸うようにして、彼女は俺にこう告げる。

「今の私が特別に感じているのは、涼平だよ」

彼女はこちらをじっと見つめてくる。

それに俺は目を逸らせず、ただ言葉の意味を探す。

「え…っと…」

昨日から、こうなることを予想していなかったわけではなかった。

でも言葉が何一つ出てこない。

ただ彼女の体温が伝わってくる手に、力が入っていることから彼女が今にも逃げ出したいのを必死に我慢して、勇気を振り絞りながら俺に気持ちを伝えて来たのが理解出来た。

ただ反応に困っている俺を見かねてか、彼女が話を続ける。

「結花に告白されたんだよな?」

返答に困る。

知っていて当然だが、彼女とのことをどこまで答えて良いか悩んだ。

また黙ってしまった俺に、そのまま彼女は続ける。

「でも、お前は結花に『他に気になる人がいるから』って、断ったって聞いたんだ」

「悠木さんから?」

驚いた俺の問いに、彼女は黙って頷く。

二人の間にどんな時間があったか想像もできなかったが、戸松も知っていた時点で菅野も知っていてもおかしくはなかった。

「その後に、結花が家に来て話をした…そこで気付かされた、私はお前の隣に居たいんだって…結花や他の女の子じゃない、自分だけの場所にしたんだって…」

彼女が素直な気持ちを一つ一つ紡いでいく。

それはまるで苦しむようだったが、それでも彼女は俺に気持ちを伝える。

そして、一度俯いてから、俺の目を見て今度は大きな声で告げる。

「私はお前が好きだ」

断言される。

ここまで彼女に想いを曝けさせて、どう言ったら良いか悩んでいると、彼女から聞いてくる。

「お前はどうなんだ?」

もう答えは決まっていた。

必死に頭をフル回転させるが、シンプルな言葉しか見つからなかった。

一度心の中で深呼吸をすると、勇気を振り絞る。

「俺も…」

「雪乃」

まるでドラマの様に、俺の言葉は他人の呼び声にかき消される。

声の方向であるツリーの反対を、二人で見てみる。

数メートル先には、呼び声の主がこちらに向かって手を振っている。

何と間の悪い。

こんな展開、漫画の中だけだと思っていた。

そのまま、その呼び声の主が近付いてくる。

「平野さん…」

「亜希」

認識出来る距離になると、平野は菅野の恰好を物珍しそうに見る。

彼女も私服で、普段学校でしか会わないだけに新鮮だ。

どちらかというとモノトーンで固めた冬服は、菅野と違って大人っぽさが伝わってくる。

「雪乃も来ていたんだ…私もだけど」

「えっと…」

「あら、長谷部君…」

わざとらしく平野は、俺に気付いた素振りをする。

最初から気付いていたくせに…。

「あらら、お邪魔だったみたいね」

悪い顔をしながら彼女は、俺と菅野の顔を交互に見る。

「まさか、貴方たちがそんな関係だったとは…生徒会の活動には支障をきたさない程度にお願いね」

「な、何言っているんだ…これは、違う」

ここまで分かりやすいと、もう誤摩化すことも諦められる。

平野は菅野に質問攻めをして、当分玩具にされそうだった。

ふと、その様子を遠くから見ている視線に気付く。

目があまり良く無かったが、それが誰だが推測は出来た。

そういうことか…と納得してしまう。

視線の主もこっちに気付いたらしく、観念して近付いてくる。

「やあ、奇遇だね」

「会長?」

水樹はいつも通りの営業スマイルで、俺らの元にやってきた。

彼も見慣れない私服姿だが、少しフォーマルな恰好のせいか大人びている。

平野と歩いていると、高校生に見えないんじゃないだろうか。

「な、何で来るの?」

急に平野が慌てだす。

こういうアドリブには弱いのだろう。

パニックになっているのを、水樹が宥める。

「どうも、見つかってしまったみたいだからね」

ふてくされる平野を見て、妙に納得してしまう。

どうも菅野だけが、この状況に着いて来られていないらしい。

水樹がまだ何故ここにいるか、理解していないらしい、そんな顔だ。

ここは分かりやすくするためにも、直球で聞くべきだろう。

「ふ、二人はもしかして…」

「ああ、付き合っているよ」

俺の質問を予測していたように、言い終える前に断言される。

何も前触れもない状況の変化に、硬直する平野と菅野。

平野に至っては、もう今にも爆発しそうなレベルで真っ赤だ。

「あれ、長谷部君は驚いていないんだね?」

「まあ…薄々は…」

「そんな馬鹿な!完璧に隠せていると思っていたのに…」

「確信はなかったけどな」

少しずつ予想はしていた。

信頼関係なのだと最初は思っていたが、この数ヶ月で極端に変わった部分があった。

平野の表情だ。

今も学校の彼女からは、想像出来ないくらい取り乱している。

こういう部分が、学校の彼女にも垣間みれた。

特に水樹の前が多かったので、そこから推測はしていた。

「雪乃を見習いなさいよ…ショックで機能が停止しているじゃない」

「そこまでショックだったか?」

菅野は、自身の告白が途中で折られたのと、色んな新事実が発覚して脳内処理がオーバーヒートしたのだろうか。

完全に目が点になっていて、ちょっと面白い。

それから数秒すると、我に返り急に平野に食ってかかるように顔を近づける。

「い、いつからだ?」

「もう三ヶ月くらいかしら」

「文化祭くらいからか…」

横目で、チラッと水樹を見る。

その視線に気付いたのか、水樹は笑顔で返される。

これは『茶化すな』ということだろう。

文化祭の時も、平野のフォローをしていたのは最終的には、会長の水樹だった。

今まで近いくらいだった関係が、恋人に進展してもおかしく無い。

「そろそろ行かないと、パレード始まってしまうよ」

平野が急に話題をすり替えようとする。

きっとこの空気に堪えられなくなったのだろう。

「え、もうそんな時間?」

時計を見ると、広場に来てから半時間以上経っていた。

水樹と平野が、パレードが見れる通りまで歩き出す。

菅野は二人を追いかけるように、足をそちらに向ける。

「涼平、私たちも行こう」

「ああ」

俺は小さく溜め息をつく。

返事を出来ないでいるのは、スッキリしない。

まだ、告白をされた熱が冷めない。

俺らはその後も水樹たちと行動を共にした。

水樹は菅野や平野と家の方向が同じらしく、駅からは3人と別れる事になった。

結局、平野たちと行動して、菅野と二人きりになることはなかった。

そのまま、返事が出来ずにモヤモヤしたまま家路についた。

 

 

家に戻るとすっかり遅くなっていて、もう9時を回っていた。

「ただいま」

「おかえり」

玄関を上がり、挨拶を返して来たのは父だった。

リビングに入ると、父は居間で一人読書をしていた

「母さんと真帆は?」

「二人で買い物に出て、夕飯食べて帰ってくるって」

そう言った父は、一人取り残された寂しさのせいか、少し肩を落としたようにも見えた。

父は母とも仲が良く、真帆も父が嫌いなわけではないが、年頃のせいかあまり行動を共にしようとしない。

俺が出かけると、よく父が一人で寂しそうにしているのを見る。

「涼平」

そのまま俺はリビングを出ようとすると、父に呼び止められる。

「何?」

「今日のデートはどうだった?」

「な、何で父さんまで知っているんだ?」

「勿論、真帆に聞いたんだ」

真帆への憎しみが加速する。

流石に親に話さないでもらいたいものだ。

「そういえば、涼平」

「今度はなんだよ?」

珍しく真剣な表情の父は、少し間を置いて話し始める。

「今井さんの家族が、年末にこちらに来られるそうだぞ」

「そう…知っているよ」

俺は笑って答えた。

作り笑いだと思われるかもしれない。

だが、俺が辛いのはこうやって親にまで、凄く気を遣わしてしまっていることだ。

「そうか…」

強がりも笑っている俺を見て、父は少し安堵の表情を浮かべた。

「もう大丈夫だから…」

「そうだな」

「もう寝るよ、おやすみ」

「おやすみ」

階段をゆっくりと上がる。

俺は部屋に入ると、倒れ込むようにベッドに横になる。

机の上のライトだけを点灯させて、少し薄暗い部屋で今日の出来事を思い出すと、恥ずかしさと嬉しさで悶えてしまう。

そうだ、俺は嬉しかったのだ。

菅野に告白されて、本当に両想いだと知って、俺は心から嬉しかったのだ。

そして、その時に俺は菅野への想いを本当に自覚したのだろう。

告白されてから、ずっと鼓動が激しいのを実感する。

きっと、俺は告白にイエスで返答するだけで、きっと彼女が笑顔になってくれるだろう。

天井を見上げて、もう一度思い出す。

智のときとは違った嬉しさだった。

彼女のときは、まるで当たり前の様に手を取り合った感じだったが、今はどちらかというと夢が叶った、そんな感覚だった。

生き返る希望と、好きな相手との両想いである事実に、自然と笑ってしまう。

「緩い顔だな」

急に視界にモトが、覗き込んでくる。

薄暗い部屋のせいか、彼女の顔が暗くて表情が読めない。

元々、表情が薄い奴なので気にはしない。

「お前か…」

もう驚かない。

この部屋にいるときは、ある程度見られている事を前提に行動するようになったからだ。

「今日は楽しそうだな」

「そうだろう?」

何故だろうか、珍しくモトの表情が優れないように見えた。

「さて、君に話がある」

「話?」

いつもと少し違うモトの様子に、不安を覚えた。